「はいたいコラム」 未来への種を確実に残す


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 島んちゅの皆さん、はいたい~! 風薫る5月、ベランダ菜園家の繁忙期です。ゴーヤーとナーベーラーに加えて、今年は江戸東京野菜「内藤とうがらし」の苗を買いました。発祥は新宿御苑という由緒ある唐辛子です。

 新宿御苑は、信州高遠藩・内藤家の下屋敷でした。徳川吉宗の時代に、栄養不足解消策として「野菜を育てて食べる」ことが奨励され、敷地で栽培したのが内藤とうがらしだったのです。江戸のそば人気とともに生産者は増え、新宿一帯は唐辛子の一大産地になりました。辛いだけでなく風味と旨(うま)みがあり、「江戸は内藤新宿八つ房の焼き唐辛子」という売り口上までありました。キャッチコピーを持つ江戸のブランド野菜だったのです。

 その後、近隣農地の宅地化や品種改良が進んだことなどから一時は消滅していたのですが、2010年、地元関係者が種を探し出し「内藤とうがらしプロジェクト」として復活させたのです。今では区内の小学校で栽培や調理実習に使われたり、学校関係者とサミットを開いたり、街の飲食店がとうがらし料理を提供する街バルを開催するなど、内藤とうがらしが地域をつなぎ、また外に発信するシンボルになりつつあります。思えば、新宿という街は誰もが知っているけれど、地域みんなで共有できる名物を持たなかったのです。

 この連休、新宿御苑の苗即売会で発起人の成田重行さんにお会いして、なるほどうまい方法だな~と思ったのは、とうがらしや加工品を売るだけでなく、苗を販売し、実際に新宿界隈(かいわい)の皆さんに育ててもらおう! 生産者を増やそう! というアプローチです。新宿区民をはじめ、区内の企業や飲食店主にも栽培してもらい、おのずとプロジェクトの一員にする作戦です。新宿駅は世界一の乗降客数342万人を誇りますが、区民も35万人いるのです。通過する巨大な数よりも、地元住民や仕事の拠点にしている人たちをいかに巻き込めるか。地域の未来はこうした個々の生かし方にあります。

 種の保存の法則を考えても、一つの畑だけで大量生産するよりも、小さなプランターであれ、複数の多様な環境で育てる方がリスクは分散します。元来、植物の種があちこちに散らばって確実に生き残ってきたように、地域プロジェクトも人も多様性が最も頼もしく、そして強いのです。

(フリーアナウンサー・農業ジャーナリスト)

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小谷あゆみ(こたに・あゆみ) 農業ジャーナリスト、フリーアナウンサー。兵庫県生まれ。介護・福祉、食、農業をテーマにした番組司会、講演などで活躍中。野菜を作る「ベジアナ」として、農ある暮らしの豊かさを提唱、全国の農村を回る。

(第1、3日曜掲載)