恩人の墓前で感謝 故嘉数亀助さんのおい・進さん きょうハワイ慰霊祭


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故・嘉数亀助さんの墓前で、70年前に捕虜を慰めた三線の音色を響かせる嘉数進さん(前列左)と、村田グラント定彌さん(後列左)=3日、ホノルル市ヌウアヌ(シャーリー玉城さん提供)

 【ハワイ=当銘千絵】沖縄戦末期から戦後にかけて、約3千人が捕虜として米ハワイに送られた際に、現地で命を落とした沖縄県人12人を慰霊するため、戦後初めて「ハワイ捕虜収容所沖縄出身戦没者慰霊祭」が4日(日本時間5日)、ハワイで開催される。当時収容所にいる県人を慰めようと、ハワイに住む県系人から、収容所に差し入れられた三線が、70年余の時を経て、沖縄から再びハワイに“上陸”した。三線の贈り主の墓前に感謝の音色が響いた。

 ハワイの県人捕虜を慰めようと、収容所に差し入れられた三線が70年の時を経て、再びハワイに渡った。3日、贈り主の故嘉数亀助さん(1897~1975年)の墓前=ホノルル市ヌウアヌ=で、現在の三線の所有者で、おいの進さん(73)=糸満市=は県系人2世の村田グラント定彌さん(55)らと共に「安里屋ユンタ」などを演奏したほか、亀助さんの故郷・糸満市真栄里からくんできた清水を墓にかけ、故人をしのんだ。

 亀助さんは沖縄戦で食料難に直面した沖縄を救うため、豚550頭を届けたハワイ連合沖縄救済会の中心人物。三線はハワイに捕虜として移送されたおいの清昌さん(享年60)に贈られ、その後、清昌さんが三線を沖縄に持ち帰った。

 進さんは清昌さんの弟。収容所の捕虜たちを慰めた三線を今回の慰霊祭で奏でたいと決意し、孫を含む家族5人で参加している。3日、墓前で演奏した進さんは「ハワイと沖縄の苦悩を見続けた歴史ある三線を弾けたことは光栄だ。孫たちにも、亀助さんの真心を伝えていきたい」と誇らしげに語った。