芸能・文化

若者のリーダー探しを 資金与え、計画見守る[平和どう伝えるか 広島・長崎から]1

 私は2007年から6年間、原爆資料館を運営する「広島平和文化センター」の理事長を務めた。核廃絶に向けて国境を越えて活動し、国内外の都市が連帯する「平和市長会議」の加盟都市を、就任時の3倍の5500に増やした。現在は広島県三次(みよし)市で若者たちとともに、古民家を拠点に平和について考える平和文化村を作る活動をしている。

◇被爆者の話

 私はもともと、米国が原爆を投下したことについて「戦争だったのだから、全然問題はない」と考えていた。しかし、広島に来て被爆者の通訳をし、話を聞くうちにだんだんと核の問題が解決されていないことや、平和の大切さについて分かってきた。


日米の生徒たちで行ったアートワークショップ。平和や核兵器についてのアイデアを自由に表現した。中央が筆者=2015年8月、広島YMCA国際文化ホール

 一緒に被爆したお母さんを助けられず、声を上げても周りに助けてもらえなかった女の子の話を聞いた時に、自分がその場にいたらどういう気持ちだっただろうと感じ、涙が出た。それから、心をオープンにして被爆者の話を聞くことができた。それから平和活動を行うようになっていった。

 NGOや国連を通じて、核廃絶のキャンペーンを展開していた際、当時の秋葉忠利市長に請われて平和文化センター理事長を務めることになった。世界には環境問題や貧困など深刻な問題がある。暴力をコントロールし、人々が国を越えて協力しないと、それらの問題を解決することはできないと考えている。

 被爆者の話には「核兵器、戦争はだめ」と訴える力がある。メッセージは伝わっている。若い人にやってもらわないといけないのは「平和をつくること」だ。

 私は現在、若者たちと平和文化村のプログラムをつくっている。平和文化村では改築した古民家で人と一緒に生活し、食事を作り、働くピースキャンプを通して平和について考える。世の中は、波長の合う人ばかりではなく、いろいろな人とどう平和に暮らしていくのかが一番大事だからだ。

◇危機感

 では、どうすれば若い人たちに参加してもらうことができるか。まず、指摘しておかなければならないことは、かなり多くの若者たちが、平和と地球の運命について深く懸念しているということだ。これまで、何千人もの高校生や大学生に接してきたが、彼らは私が同世代だったころと比べて、地球や人類が直面している問題に非常に強い危機感をもっている。

 この若者の多くが、「平和」という言葉を嫌っているように思う。彼らがこの言葉を使いたがらないのは、平和に対する責任感を、私より深いところで受け止めているからではないかと考えている。若いころ、私はベトナム戦争に反対し、どちらかというと平和主義だったが、いつも何かに怒っていた。わが国のリーダーが嘘(うそ)をついて戦争へと突入し、その結果、私と友人たちは徴兵を避けるために多くの時間とエネルギーを費やすことを強いられたことに怒っていた。

 一方、私がここで語っている若者は、争う、抗議する、フレンドリーでない行動をとるという考えが好きではない。みんなと「仲良く」したいのだ。

 これらを念頭に、若者に平和活動に取り組んでもらうための、いくつかの方法を助言したい。

 (1)平和のことを気にかけており、何らかのアクションを取りたいと思っている数人のヤング・リーダーを見つける。高校生や大学生、平和や環境問題のために活動しているフリーターらだ。旅行したり、ボランティア活動したり、キャンペーンする時間を作るためにアルバイトをしている。

 (2)若者を計画作りに誘う。平和のためにできることや、方法、計画を練り上げるミーティングに誘う。今の若者は仕事が少なく、生き残るのに必死だ。あなたがある程度の資金を提供し、そのお金を使って実を結びそうなプランを実行してもよいと最初にはっきり伝えることが大事だ。

 (3)アイデアの全体像がはっきりした時点で、ヤング・リーダーに実行に必要な資金と権限を与える。そこで身を引き、実際の作業は彼らに任せる。若者たちはコンサートを開くかもしれない。あるいは本を出版する、署名集めや募金を呼び掛ける、あるいはソーシャルメディア・キャンペーンを展開するかもしれない。重要なのは、年長のサポーターが、若者が活動をつくり出すのを見守ることだ。「平和のために何か画期的なことをしてもらいたい」と言えばいい。そして、答えを待つ。

 提案がなされたら、できるだけ前向きに受け入れる。問題があれば助言をし、改善を待つ。可能な限り若者にプランを練ってもらい、彼らのやりたいようにさせるのだ。

◇バトン

 これは私の経験からきている。毎回、若者の計画作り、全力での取り組み、そこから出す成果に目を見張っている。

 ある若者のグループに、私の書いた本にイラストを入れてほしいと頼んだことがある。すると彼らは文全体をリライトし、リデザインさせてほしいと言ってきた。出来上がった本に満足し、私は印刷代を払った。すると彼らは協力し合って本を売り歩き、本を使って画期的な平和のイベントを繰り広げた。若者ならではのアイデアと実行力だ。

 もちろんいつも期待通りに物事が運ぶとは限らないが、結果よりも苦労して実施する経験が貴重であると考えている。力を合わせて社会問題に取り組むことで多くを学ぶことができる。

 今年、私は70歳になる。これからは、若者にバトンを渡し、次世代のピースメーカーにインスピレーションを与え、サポートしていきたいと思っている。

(スティーブン・リーパー、特定非営利活動法人ピース・カルチャー・ビレッジ代表理事)

 


◇   ◇

 Steve Leeper 1947年、米イリノイ州生まれ。2007年から6年間、広島の原爆資料館を運営する平和文化センター理事長を務めた。著書に「アメリカ人が伝えるヒロシマ『平和の文化』をつくるために」。

 


 戦後72年がたち、沖縄戦体験者が減少していく中、体験していない世代が今後、戦争の悲惨さや平和の大切さについてどう伝えていくかが課題となっている。

 同様の課題を持つ被爆地の広島、長崎で被爆者の体験継承や平和活動に取り組んでいる識者らに、若い世代への継承の取り組みと課題、工夫している点などについて執筆してもらった。

 



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