芸能・文化

先人の知恵を未来へ “社会ごと”語るカフェ開店[平和どう伝えるか 広島・長崎から]3

日本原水爆被害者団体協議会の佐久間邦彦さん(右から3人目)を囲み、話をする筆者(同2人目)=広島市のソーシャル・ブック・カフェ・ハチドリ舎

 「平和をどう伝えるか?」というタイトルを受けて感じたのは、平和は必ず伝えていかなければならないという、暗黙の了解が前提になっていることだった。

 それは、大きく掲示されていても一向に無くならない「いじめをなくそう」の標語と少し似ている。その言葉は「なぜいじめを無くすべきなのか?」を、考えさせてはくれない。

 そもそも「『平和』とは何のことを言うのか?」「なぜ伝えなければならないのか?」を深く考える機会は少なく、「当たり前に分かっていること」として通り過ぎてしまう

◇「核」を学べる本

 「核兵器廃絶」という言葉にも同じことが言える。そう考えるようになったのは、6年前の1冊の本づくりがきっかけだった。

 広島と長崎の若手アーティストたちが「核が生まれてからのこれまでと、これから」をアートと詩で表現し、核兵器についてのデータや世界の核事情についても網羅したアートブック「NOW」だ。

 制作のために集まったメンバーは、デザイン会社社長、デザイナー、アーティスト、平和活動家、大学院生など、背景も考えも違う人たち。“誰もが手に取りたくなるような、核兵器について学べる本”をつくることを目的に、一晩中議論を重ねる日々が続いた。

 「なぜ、核兵器は生まれたのか? 開発者の意図は?」「押し付けになったら、誰も手に取らない」「核兵器自体には意思はない、作ったのも使うのも人間」

 議論をするために、みんなおのずと調べ考え話す。

「なぜ人は兵器をつくり殺し合うことをやめられないのか」という答えのない問いを探る中で、この「探り考えること」そのものが重要なのではないかと。

 そして、それを追体験できる様なガイド的アートブックが完成し6000冊を売り上げた。

 「継承」にも、同じ視点が必要だ。なぜ、継承が必要なのか? 「体験者が居なくなると話が聞けなくなってしまうから」が理由ならば、ビデオがその役割を果たしてくれる。しかし、継承には人が受け継ぐという意味がある。なぜ、人を介するのか? それは私たちには「未来をつくる」という役割があるからだ。

 だからこそ、誰かが決めた正しいとされる考えと体験話をコピーするのではなく、教えてもらったその経験と反省を踏まえ、「この先どんな未来をつくるのか?」という自分の考えと哲学を持つ必要があるのではないだろうか。

◇平和の敵は平和

 もう一つ、14歳で被爆した友人の言葉が印象に残っている。

 「平和の敵は平和」

 小学生の時は「親や命を大事にして生きなさい」と教えられたが、戦争が始まった中学生の頃から「国のために潔く死ぬる事は立派なこと」と教わるようになった。特攻隊員に自ら志願し、入隊を待つ中で受けた原爆。目の前に広がるまるで地獄のような惨状に「これだけ無残なものが戦争なのだ」と実感したという。「ゆがんだ教育に、違和感を感じてはいたけれど、それを声に出すことはできなかった。だからこそ、平和を当たり前だと思ってしまわずに、こんな残酷な行為をする人間について深く考えなければならない」と教えてくれた。

 私がこれまでに話を聞いたほとんどの戦争体験者は、開戦当初、戦争がはじまったという実感を持っていなかった。日常がじわじわと変わっていったと。

 翻って今はどうだろうか。つくることを自分以外の誰かに委ね過ぎて、ツールとしての「お金」が、最上の価値を持つようになり、ついには「相模原事件」にもみられるように「いかにお金を生み出すか?」が、人の生きる価値かのようになってしまった。

 政治に興味を持つ人は減り、権力者の横暴を抑制するための憲法を、その権力者自身が変えようとしている。過去の過ちが2度と繰り返されないよう、私たちは先人たちから知恵を授かり、未来へ生かす必要がある。

◇「今の話」に

 その力を育めるように、私は広島平和記念公園から徒歩2分の場所に社会ごとを語り、つながれる場所として「ソーシャル・ブック・カフェ・ハチドリ舎」という場をつくった。人と人、人と社会、広島と世界をつなげることを目的とし、週末にはイベントを開催している。

 7月30日、広島平和記念公園の原爆ドームの隣で毎日原爆についてのガイドをしている村上正晃さん(24)に「広島人が広島をガイドできるために」と題して、ガイドレクチャーをしてもらった。広島に住む人でも、ガイドまでできる人は実は少ない。

 毎月6の付く日(6日、16日、26日)は被爆者の方にカフェに居てもらって、一緒にランチをしたりお茶をしながらお話ができる機会も設けている。私は、目の前に座るおじいちゃんおばあちゃんが、あのきのこ雲の下にいたんだと実感でき、そしてつながることが重要だと思っている。遠い昔の話ではなく、今の話になるからだ。

 よく「なぜこういった活動をしてるんですか? その原動力は?」と聞かれるが、答えは至ってシンプルだ。「時代が変わっても、場所が変わっても誰かの命が不条理に奪われるの、嫌なんです。だって悲しいでしょ?」

 偽善者のように見られて浮いてしまうことを恐れて、みんな、誰かを想(おも)う優しさをしまい込んでしまうけれども、しまわずに素直に出したらいいのに、と思う。私はまだ、人はきっともっと優しいと信じている。

(安彦恵里香、「ソーシャル・ブック・カフェ・ハチドリ舎」店主)

 

◇   ◇

 あびこ・えりか 1978年茨城県生まれ。NGOピースボートに5年勤務、広島転勤をきっかけに広島に移住した。平和活動、市民活動、災害ボランティアセンター運営などを行う。今年7月、「ソーシャル・ブック・カフェ・ハチドリ舎」を開店。

 


 戦後72年がたち、沖縄戦体験者が減少していく中、体験していない世代が今後、戦争の悲惨さや平和の大切さについてどう伝えていくかが課題となっている。

 同様の課題を持つ被爆地の広島、長崎で被爆者の体験継承や平和活動に取り組んでいる識者らに、若い世代への継承の取り組みと課題、工夫している点などについて執筆してもらった。

 



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