「誠実な人だった」 上原康助さん通夜に100人


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上原康助さんに手を合わせる弔問客=7日、沖縄市松本のサンレー中部紫雲閣

 6日に呼吸不全のため死去した元沖縄開発庁長官の上原康助さん(享年84)の本通夜が7日、沖縄市松本のサンレー中部紫雲閣で営まれた。現職の国会議員や全沖縄軍労働組合(全軍労、現在の全駐労)時代の仲間たち約100人の弔問客が訪れ、死を悼んだ。

 全軍労時代に一緒に活動した根路銘美津江さん(80)は「康助さんが婦人部結成のきっかけだった。男女関係なく、はっきりとものを言う誠実な人だった」と述べ、女性の基地従業者の権利獲得にも貢献した故人の死を惜しんだ。

 照屋寛徳衆院議員は「同じ社民党だったときは、沖縄の声をいかに国政に反映させるかと何度も2人で話し合った」と振り返った。

 伊波洋一参院議員は「駐留軍労働者のために組合を作った。復帰後もフォローしながら発展させた功績は大きい」とたたえた。

 玉城デニー衆院議員は「『沖縄の問題を中央で語るためには歴史を学び、現場に行くこと』と教えてもらった。足跡が大きく、大きな指針の一つだった」と惜しんだ。告別式は10日午後2時からサンレー中部紫雲閣で行われる。