芸能・文化

最新技術で「声」残す 被爆者と向き合う生徒たち[平和どう伝えるか 広島・長崎から]7

 「祖母が急に脳梗塞で倒れ、話すことも一人で起きることもできなくなってしまいました」

 昨年8月、小里美智子さんのお孫さんの平田ゆみさんから連絡が入った。小里さんは広島市中区の日赤病院(爆心地から1400メートル)で被爆、九死に一生を得た。産業奨励館(現在の原爆ドーム)での戴帽式を終え、新任の看護師として希望に満ちていた時のことだった。

◇高齢化


ウエブサイト「ヒロシマ・アーカイブ」の小里さんの証言

 ゆみさんからの知らせを受けた時、広島女学院高校の生徒と私は、小里さんの手記や短歌をまとめて「ヒロシマ・アーカイブ」にアップロードし終えたところだった。「次は証言動画の収録に伺おう」と計画を立てていた矢先の知らせに、私たちは肩を落とした。

 広島女学院高校では、平和活動の一環として、インターネット上に被爆者の証言の文章や動画を公開する「ヒロシマ・アーカイブ」の活動に取り組んでいる。「ヒロシマ・アーカイブ」(以下「アーカイブ」)とは、デジタル地球儀上で広島の被爆に関するさまざまな資料が閲覧・視聴できるウェブサイトで、首都大学東京の渡邉英徳(わたなべひでのり)准教授主宰のプロジェクトだ。このアーカイブ活動で、広島女学院高校の生徒たちは被爆者の証言文章の収集と被爆証言動画の収録・編集の作業を担っている。その活動の中で、証言収録予定者が倒れ、計画していた証言収録がかなわなくなって生徒たちが呆(ぼう)然とするということが何度もあった。「被爆者の高齢化」という課題を、生徒たちは肌で感じている。

 小里さんは、今年の7月6日の早朝、天国へ旅立たれた。素晴らしいご家族に恵まれ、被爆者として71年と11カ月を生き抜いた立派なご生涯だった。

◇自主的に

 広島女学院中高は、生徒教職員350人の原爆犠牲者を出したこともあり、平和学習・平和活動に熱心に取り組んでいる。私たちは、毎年8月6日の「平和記念礼拝」や6月の「平和を祈る週」などで被爆者の証言に耳を傾ける。被爆者の言葉に後押しされた生徒たちは、さまざまな平和活動を自主的に展開してきた。アーカイブ活動もその一つだ。

 他の活動としては、広島を訪れた他校生徒に平和公園内の多くの慰霊碑をガイドする「碑めぐり案内」、核兵器禁止条約の採択・実行を目指す署名活動(「核廃絶!ヒロシマ・中高生による署名キャンペーン」)、「ピース・フォーラム」など国内外の高校生と平和構築について議論する会の開催・参加などがある。


証言を収録するため、被爆者の方と打ち合わせをする生徒ら=2017年4月、広島県広島市

 それらすべての平和活動を支え、その活動の力となってきたのが、被爆者たちの「声」だ。被爆者の高齢化によって被爆証言を直接伺うことが困難になりつつある昨今、高校生たちは焦りを感じながらも、自分たちに何ができるかを真剣に考えている。

 その中で日々重要性を増しているのがアーカイブ活動である。渡邉研究室の学生・院生の皆さんと高校生たちとで毎年もたれるワークショップ(6月に広島、11月に東京で開催)では、活発な意見交換がなされる。その成果として、アーカイブのAR(拡張現実)機能を用いた広島市内各所での平和学習、アーカイブを活用した平和公園での「碑めぐり案内」も実現している。


◇知っていますから

 22年前の3月、私は広島女学院中高に赴任するため大阪の豊中市から広島市に移り住んだ。阪神淡路大震災の直後で新幹線も不通だったので、関西空港から空路広島への移動であった。

 引っ越し作業の合間に住民票の手続きで区役所を訪れた。応対された30代とおぼしき職員は、「被災地から来られた」と声を上げ、私を応接スペースへ案内した。そして、向こう1年間広島市の公共料金が無料になるなどの支援があると説明をしてくれた。感動した私が「広島市は親切にしてくださるのですね」と述べると、その若い職員はきっぱりとこう言ったのだ。


矢野 一郎

 「私たちは原爆を知っていますから」

 その年は被爆50周年。だが目の前の職員は、年齢からして被爆者ではない。それにもかかわらず彼は「原爆を知っている」という言葉を口にした。それも、地震の被災地から来た見ず知らずの私に「広島市が支援することの当然の理由」としてだ。平和教育の生きた成果は、このようにして現われるのだと思う。

 最新のデジタル技術を用いて私たちが知るのは、被爆者お一人お一人のかけがえのない人生だ。そして「72年前の夏、広島に自分がいなかったのは偶然に過ぎない」と知ることで、人類が経験している様々な惨禍に思いをいたすようになる。もちろん、沖縄の過去と現在へも。


(矢野一郎、広島女学院中学高等学校教諭)
(おわり)

 

◇   ◇

 やの・いちろう 1961年愛媛県松山市生まれ。同志社大学神学部大学院博士課程前期修了。日本基督教団豊中教会勤務を経て、95年から広島女学院中学高等学校聖書科教諭。

 

 


 戦後72年がたち、沖縄戦体験者が減少していく中、体験していない世代が今後、戦争の悲惨さや平和の大切さについてどう伝えていくかが課題となっている。

 同様の課題を持つ被爆地の広島、長崎で被爆者の体験継承や平和活動に取り組んでいる識者らに、若い世代への継承の取り組みと課題、工夫している点などについて執筆してもらった。

 



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