「はいたいコラム」 農業を見せることから


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 節分の日に恵方巻きを頬張ると福を招く。数年前からブームになりましたが、同時に売れ残りの廃棄が多いとニュースになっていました。

 食べ物を捨てるのはもったいない。正論ですが、ほとんどの企業の耳には届きません。食べ物は、売り上げ目標達成のツールである前に、命の通った生き物から生まれたんだということが忘れられている気がしてなりません。

 先日、酪農セミナーに参加しました。「酪農教育ファーム」の認定を受けている千葉県八千代市の加茂牧場さんのプレゼンで、小学生が牧場体験した映像が流れました。牛の背中を触った途端、子どもが「キモチいいー!」と叫んだのを見て、私は胸が熱くなりました。牛の背中は触るとこんなに気持ちいいんだ。その子が発見した感触です。そして牛乳とは、母牛から出る母乳である。牛という生き物のぬくもりを感じ取った子は、その命をかわいがろう、大切にしようと思うでしょう。

 酪農体験の後、しばらくは給食や牛乳の食べ残しが減るそうです。牛への愛着から生まれた、子どもたちが判断した行動です。どんな食育よりも、食べ物の意味を受け取った証拠ではないでしょうか。

 同時に重要なのは、酪農家という仕事の存在を知ることです。牛について物知りなその人は先生であり、牛が言いなりになるその人は親以上に偉く見えるでしょう。毎日飲んでいる牛乳は、この人たちのおかげなんだ。酪農家という仕事を尊敬し、いつか自分の職業にしたいと憧れる子も出てくるかもしれません。

 一次産業の減少や地方の衰退の一つに、生産者と消費者、産地と食卓の乖離(かいり)がありますが、見えない職業に人は憧れることはできません。大切なのは見せることです。

 そんな折、関東で初の放牧シンポジウムがありました。放牧は農業における最大の見える化です。水田放牧、林間放牧、山地酪農など、北海道に限らず岩手、茨城、高知、ほかにも存在します。農業をオープンにすれば、荒廃した農地や森林の解消、都市との交流や観光などさまざまな地域課題の解決にもなります。食品ロスも食育も農業なしには語れません。国を耕し、人の心を耕すのがagricultureなのですから。

 さて来週25日、いしがき食と農のフェスティバルに参加します。石垣牛の放牧も見てきますね。

(フリーアナウンサー・農業ジャーナリスト)

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小谷あゆみ(こたに・あゆみ) 農業ジャーナリスト、フリーアナウンサー。兵庫県生まれ・高知県育ち。NHK介護百人一首司会。介護・福祉、食・農業をテーマに講演などで活躍。野菜を作るベジアナとして農の多様性を提唱、全国の農村を回る。

(第1、3日曜掲載)