民衆の闘い、次代へ 亀次郎資料展示「不屈館」が5年


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瀬長亀次郎さんの足跡を紹介したパネルを示す不屈館の内村千尋館長=15日、那覇市若狭の同館

 米統治下で圧政と闘った瀬長亀次郎さん(1907~2001)が残した資料を中心に展示する「不屈館」(沖縄県那覇市若狭)が3月1日、開館から丸5年を迎える。認知度の向上とともに来館者を伸ばし、3月下旬に累計3万人に達する見込みだ。同館は手狭感があり、2020年をめどに移転する方針。内村千尋館長(72)は「沖縄の民衆の闘いを伝える『核』として、展示や受け入れ態勢をさらに充実させたい」と話す。

 不屈館は「民衆の資料は民衆が守る」を理念とする民営資料館で、13年3月に開館した。那覇市長や衆院議員を歴任した瀬長さんの蔵書や自筆原稿、新聞記事のスクラップ帳、愛用品などを展示。瀬長さんの書斎も再現している。

 開館から半年ほどは「1人も来ない日もあった」(内村館長)が、講演会や企画展を通じて来館者が増加。映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」のヒットで全国的に存在が知られ、昨秋以降は月に約700人が訪れている。来館者は2月15日時点で累計2万8780人に上り、約7割が県外からという。

 マンション1階を借り受けている資料館は手狭なため、修学旅行生の受け入れが難しく、スペース不足から展示できていない資料もある。契約期間の終了に伴い、移転を決めた。今後、運営委員らを中心に検討委員会を立ち上げ、移築も視野に移転先を探す考えだ。

 クリアファイルなど物品の販売も好調で、売り上げで人件費を賄えるようになったという。亀次郎さんの次女の内村館長は「沖縄戦の資料館はあるが、沖縄の戦後史を学べる場がなかった。民衆の闘いを次世代に伝えるため、移転・拡充する。亀次郎がやり残した『米軍基地撤去』につなげたい」と話した。