2016年4月の熊本地震は16日で本震から2年。那覇市に住む宮城澄江さん(67)は、熊本県上益城郡甲佐町の実家に帰省中に被害に遭い、実家が半壊した。熊本で定期的に仕事があるため、地震後も毎月、実家を訪れ、高齢の母・森田房恵さん(92)の様子も確認してきた。地震から2年が経過する中で「道路は元に戻り、外観は活性化している」と見た目は復旧が進んだと感じる。しかし、今も約3万8千人が仮住まいで暮らす中、特に心身の健康に不安を抱える高齢者の支援が継続して必要だと指摘する。
16年4月14日夜。激しい揺れが熊本を襲った。実家の茶の間で母・房恵さんの頭上に飾られた額縁などが揺れているのを見た澄江さん。毛布を持ち出し、房恵さんにかぶせて抱きしめた。「とにかく母を守ろうという気持ちだった」
強い余震が何度も繰り返される中、澄江さんは自家用車に房恵さんと愛犬、妹の精子さん(65)を乗せ、地域の河川敷に避難し車中で泊まった。「常に揺れ続けた。ほっとして深呼吸をしていたら、また揺れた」翌15日は余震が減り、自宅で過ごしていたが、16日未明に本震が発生し再び車で河川敷へ。実家は屋根の瓦、窓ガラス、石垣も破損した。
地震後、国は被災者の医療費を免除する措置を実施したが、昨年10月以降は打ち切った。澄江さんは「病院に行きたいけど、行けなくなった人もいる」と指摘する。仮住まいを続けざるを得ない人も多いが、仮設住宅は断熱効果が低く、冬の寒さ、夏の暑さが厳しい。独り暮らしの高齢者には孤独死も出ているという。継続的な支援の必要性を感じている。
熊本での体験から、地域で連携した防災態勢が重要だと痛感した。「沖縄は地域のコミュニケーションが薄くなっていると感じる。避難訓練も地域で取り組まないと(災害時に)パニックになる。自治会や市町村が中心になり、地域交流にも取り組む必要がある」と強調した。(古堅一樹)