「芸術家でなく職人ですから」 現役医師でミステリー作家・知念実希人さんに聞く


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作家の知念実希人さん=東京・六本木

 「シャーロック・ホームズ」シリーズなど小学校低学年の頃に読んだ海外ミステリーが原点―。南城市生まれ、東京在住の作家、知念実希人さん(39)はデビューから6年、現役の医師を続けながら人気のミステリー作品を創作し続けている。今では3カ月に1冊の高速ペースで作品を世に送り出す知念さん。アイデア創出に行き詰まるスランプもあるというが、プロ意識で乗り越えてきた。「芸術家ではなく職人ですから」。淡々と語る口ぶりからは、ベストセラー作家としての矜持(きょうじ)が伝わってくる。

夢は小説家の少年がなぜ医師の道へ

 記者も子どものころ、ポプラ社の少年少女向けエンターテインメント作品に没頭した。江戸川乱歩の少年探偵団や、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ、モーリス・ルブランの怪盗ルパンのシリーズを片っ端から読みあさった。相次ぐトリックにだまされながら、独特のタッチの挿絵にも心躍らせて読んだものだ。
 知念さんもたがわず、その魅力のとりこになった一人だ。それがほかの人と違ったのは「ストーリーを作る側になってみたい」との思いだった。そのころから作家の夢を心に抱いていた。
 生まれは南城市だが、母の里帰り出産だったため1歳に満たないうちに両親が住む東京に戻った。小中高と池袋を拠点に育った。
 小説家への夢を持ちつつも「現実的には難しい」との思いから、職業としては祖父、父と続く医師への道を志していく。だが2004年に医師国家試験に合格して研修医として修業を積む中で、人生の在り方を改めて考えるようになる。
 「本格的に小説家にチャレンジしたい」。医師としての最低限の実力をつけてからと、あえて多忙な病院に身を置いた。4年の修業を重ねて内科医の認定医に認定されてから、本格的に創作に着手した。12年のデビュー以来、徐々に作家活動の比重が高まっていき、現在では週5日を創作活動に、1日は医師として父が開業する西東京市の医院で診療活動を続けている。

「崩れる脳を抱きしめて」で「第4回沖縄書店大賞」に選ばれた知念実希人さん(左端)=2018年3月、那覇市

本屋大賞ノミネート「崩れる脳を抱きしめて」

 これまで医師として携わる中で多くの患者をみとってきた。「人の死」は、一般の人よりは身近に感じてきた。だからこそ自分自身の「死生観」もある。
 2018年本屋大賞にノミネートされた「崩れる脳を抱きしめて」でも人の死に対する主人公の考えが語られる部分がある。
 知念さんは「自分の思いを押し付けたりはしたくない」と話す。「自分の思いを反映させるのではなく、にじみ出すぐらいで、読んでもらって読者に何か気づきの感じがあるぐらいがいい」と読者本位の考え方を堅持する。
 「崩れる脳」は、それまで書いてきたミステリーとは趣向が異なる初めての恋愛小説だ。最初に編集者から恋愛小説を書いてみないかと提案された時には、即座に拒否したという。それでも新たな分野への挑戦との思いから筆を起こした。
 医療系ミステリーの作品が主だが、それは「ネタが見つけやすく知識もあったのが医療だった」。医療系だけにとどまらず、新たな分野のミステリーにも広げていきたいと考えている。

沖縄舞台の作品に意欲

 執筆スタイルはさながらサラリーマンのよう。週に5日、契約する都内の会員制図書館に朝から“出勤”し、約6時間、ネット環境も遮断して、携帯電話も預けてみっちり執筆作業に専念する。
 作家といえば、原稿用紙に向かってうなっているイメージは遠い昔。デビューしてから、効率よく作品を書いていくために試行錯誤を重ねた。当初は1年に1冊のペースだったのが、9カ月、6カ月と早く書けるようになり、今では3カ月に1冊のハイペース。「システマティック(計画的)にスケジュールを立ててやるのが自分には合っている」と着想から書き上げまでのノウハウを確立している。
 知念さんにとってミステリーの大事なポイントは「読者にどう魅力的に見せるか」。その点に心を砕く。読者がこの先何が起こるのか知りたい、との思いを持ってもらえるストーリー展開を心掛けている。
 両親の実家がある沖縄には、夏休みなど長期の休みのたびに戻っていた。「沖縄に来ると『帰ってきた』という感じを持つ。生まれ故郷という意識で、懐かしい感じがある」と親しみをもって沖縄を見る。
 今後の作品で沖縄を舞台にしたミステリーの可能性はとの問いに「ぜひ書きたい」と話す。現時点で既に2、3年先のスケジュールが決まっており、すぐには着手できなさそうだが「少し取材もして、時間をかけて考えたい」。沖縄に関連したミステリーも期待できそうだ。
 (聞き手・東京報道部 滝本匠)
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 ちねん・みきと 小説家・医師。1978年10月12日、南城市生まれ。東京在住。生まれてすぐ東京に移り少年時代を東京で過ごす。東京慈恵会医科大卒後、2004年に医師国家試験合格。11年、第4回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。受賞作を改題し『誰がための刃 レゾンデートル』(講談社)で12年に作家デビュー。『天久鷹央』シリーズ(新潮文庫nex)のほか、『病棟』シリーズの『仮面病棟』が15年に啓文堂書店文庫大賞を受賞しベストセラーに。『崩れる脳を抱きしめて』(実業之日本社)は18年本屋大賞にノミネートされ話題に。今年3月に近刊『祈りのカルテ』(角川書店)がある。

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