社会

ハワイ沖縄プラザ落成 事業収入、運営の柱に 提唱玉城さん 次代に期待

ハワイ沖縄プラザの計画を提唱した経緯や土地確保の苦労について振り返る玉城ジョージさん。プラザ活用を「次の世代に託したい」と県系人の結束に期待を掛けた=1日、米ハワイ州ホノルル市

 【ホノルルで謝花史哲】米ハワイ州ワイパフに完成した県系人の新たな拠点となる商業施設「ハワイ沖縄プラザ」。計画は2003年、当時ハワイ沖縄連合会の会長だった玉城ジョージさん(80)が建設を提唱したことが始まりだった。あれから15年。プラザの落成に玉城さんは「苦労もたくさんあったが、説明できないくらい、これ以上にない喜びだ」と笑った。

 ハワイに移住した糸満市出身の両親の間に、末っ子として生まれた2世。連合会長に就いたのは、65歳の時で会の運営は2世が中心になっていた。県系人は下の世代も多くなる一方で、ハワイ沖縄センターは老朽化が進んでいた。

 運営は県系人の寄付頼みだった。玉城さんはこのままでは会の存続にも関わると感じ、事業による収入の確保を思い付いた。

 土木の技術者としてオアフ島の中心にあるミリラニ地域の開発を統括した経験から、テナント事業に一定の自信はあった。センター隣の農地に目を付け、近くて管理しやすい運営を想定し提案したが、理解されず否決された。

 しかし会長離任後も計画を諦められず、土地の確保に地主と交渉を続けた。一方で、玉城さんの提案に賛同する有志が増え、3年後の06年、プラザ計画は理事会の多数決で承認されることになった。

 その後、土地は別の売買交渉が持ち掛けられることもあったが、地主と親交の深かった玉城さんが引き留めた。

 会は土地購入の募金活動を開始し、玉城さんも土地開発部長として県や市町村、ハワイ州、連合会傘下組織、会員などに支援を呼び掛けた。約5年かけて土地代を確保した。

 玉城さんは「本当に多くの人に協力してもらった。形にできて良かった。これからは若い世代の時代。事業をどう発展させていくかは将来を担う次の世代に託したい」と話し、さらなる県系人の結束強化と会の活性化を期待した。



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