「はいたいコラム」 牛が帰ってくる牧場


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 島んちゅのみなさん、はいた~い! 長野県東御市、八ヶ岳を一望する「牧舎みねむら」を訪ねました。まず驚くのは、牧場の至る所に積み上げられた稲わらの山です。地元農家から集めた1年分の稲わらが、冬の日差しを浴びて黄金色に輝き、日本の農村で育まれる畜産を物語ります。

 峯村誠太郎さん(37)は、黒毛和牛・年間75頭の一貫経営で、家族とともに直営店も開いています。よい牛は観察から。鳴き声で発情を見極め、糞(ふん)の音で水分の違いを感じるなど牛の前では五感を研ぎ澄ませます。「牛に嘘をつかない」がモットーですが、父から承継された当時は違っていました。肥育成績を上げたい一心で、牛の健康管理を見誤り、出荷直前の大事な牛に事故が続いたのです。

 以来、「牛がこの牧場に生まれたことを後悔しないよう精いっぱい愛情をそそぐ」と誓い、母牛の中には15回出産した長老もいます。3年前には衛生管理基準の農場HACCPを取得、内閣総理大臣賞も受賞し、今では優良牧場となりました。

 どれほど牛を大切にしているか、妻の伊世さんによると、生まれ立ての弱い子牛を自宅へ連れ帰り、家族みんなとこたつで温めたこともあったそうです。しかし、どんなにかわいくても30カ月後の出荷は変えられません。伊世さんが、「この子は苦労して育てたので(市場から)買い戻してやりたいんですよ」と話したのを聞いて、わたしは初めて、肉牛農家の仕事の使命とはこういうことなのかと思いました。

 人々の食を支える肉牛ですから、最後に食肉にするのは運命です。その責任として肉になった姿を「見届ける」ことは、最後まで人任せにせず、命を昇華させることに繋(つな)がるのではないか。もちろん、ほとんどの農家は市場出荷までがかけがえのない仕事であり、買い戻せるのはまれです。ただ、一般家庭から嫁いだ伊世さんが、牛の命を感じ、自身も3人の子を産み、夫や義父母の仕事を見ていく中で、自ら問い掛け、模索した結果出た思いなのだろうと思いました。

 牧場そばのレストランでは、みねむら牛のサーロインステーキが味わえます。仲間の米農家の稲わらをいっぱい食べて育った牛が、またこの地に帰って、美しい料理となって人々を笑顔にする。これほど喜ばしい食の循環があるでしょうか。本来、食べるとはそういうことなのだろうと思いました。

(フリーアナウンサー・農業ジャーナリスト)

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小谷あゆみ(こたに・あゆみ) 農業ジャーナリスト、フリーアナウンサー。兵庫県生まれ・高知県育ち。NHK介護百人一首司会。介護・福祉、食・農業をテーマに講演などで活躍。野菜を作るベジアナとして農の多様性を提唱、全国の農村を回る。

(第1、3日曜掲載)