社会

<乗松聡子の眼> 広河隆一氏の性暴力 女性差別抜け落ちた「人権」

 信頼や尊敬の対象であった相手が、自分を性的に利用していた・している・しようとしているということを自覚したとき、実際に性行為があるかないかにかかわらず、人の心は深く傷つく。ましてや実際に合意のない性行為(=レイプ)が行われた場合、その人は生涯の傷を負うであろう。そしてそれは紛れもない犯罪だ。

 人権派フォトジャーナリストとして半世紀にわたり第一線で戦争、薬害、原発事故等の社会問題を扱ってきた広河隆一氏が、自分の指導でフォトジャーナリズムを目指す女性らに立場の優位性を利用して、合意なしの性関係を持ったり裸の写真を撮ったりしてきたという告発記事が12月26日発売の『週刊文春』(新年1月3・10日号)に出た。

 私には読んだだけでトラウマが残るほどの内容だった。実際に被害を受けた女性たちはどれほどの苦しみと混乱を体験したかと想像に余りある。

 12月26日、広河氏が運営してきた月刊誌『Days Japan』は、広河氏に聞き取りを行った結果、「極めて深刻な事態だと認識」し、氏を代表取締役・取締役から解任した。久米島にある、原発事故に影響を受けた子どもたちのための保養所「球美の里」名誉理事長の役職も解かれた。広河氏も同日、「その当時、取材に応じられた方々の気持ちに気がつくことができず、傷つけたという認識に欠けていました。私の向き合い方が不実であったため、このように傷つけることになった方々に対して、心からお詫びいたします。」というコメントを発表した。

 同じ日、「メディアにおけるセクハラを考える会」(谷口真由美代表)は、「告発した女性たちから、本件につき直接相談も受けており、告発内容が事実であると信じるに足る情報を得てい」るとの声明を出した。人権NGO「ヒューマン・ライツ・ナウ」も27日、被害者の一部から「告発に関わる相談を受けていた」と表明した。第三者たる別々の団体がいずれも当事者から直接、聞き取りして性暴力被害を認識している。

 記事の中の女性たちの訴えは、写真を教えるといってホテルに呼び出し合意なき性関係を持ったり、海外の出張先で病気で朦朧としているところに性を強いたりと、衝撃的な内容だ。ある女性は、氏が「僕は紛争地などの取材のストレスはセックスで発散してきた」と言って誘われたと証言している。

 また、氏は怒るとスタッフを大声で罵倒するような傾向があり、職場には氏を怒らせてはいけない、という恐怖の空気があったようだ。これは、『DAYS』の職場で働いたことのある筆者の知人も認めている。

 女性たちの証言からは、狭い業界でカリスマ的存在である氏に見放されたらこの世界ではやっていけないという恐れを利用して、性的関係に嫌とはいえない状況を作り出して行くパターンが読み取れる。記事によると、広河氏はこの女性たちとの性的関係を認めた上で、無理にではない、自分に魅力を感じていたからだと主張、女性たちが傷ついていることについて「僕のせいじゃないでしょ」と言ったという。

 上述したように、広河氏は12月26日のコメントで「お詫び」を表明しているが、私はここで彼が使った「不実」という言葉に違和感を覚える。これが辞書的意味の「不誠実」ということなら、「向き合い方が不誠実で傷つけてしまった」ということになる。これでは、問題が対等な個人間の関係性にあるかの如く矮小化されていないか。この文では、一連の事件が権力を利用した性暴力であるという本質に、氏が「向き合って」いるかは伝わらない。

 社会的正義を訴え、弱者を救済する仕事で尊敬を集めていた人物が、傍らでは女性の権利侵害の常習犯だったということは、衝撃をもって受け止められているが、これは氷山の一角ではないだろうか。私から見ると、いわゆる「平和」「人権重視」を自認する個人や団体の行動に、その守るべき人権やなくすべき差別から「女性」がすっぽりと抜け落ちていると感じることは少なくない。「正しいこと」をしているが故に、セクハラやパワハラが起こっても、被害者がより声を上げにくくなっているような状況を何度も目撃してきた。

 今回明るみになった広河氏の事件を社会全体で重く受け止め、真相究明、責任追及、被害者の支援・救済、加害者の更生に真剣に取り組むことこそが、将来にわたって泣き寝入りする被害者を一人でも減らすための道であると信ずる。

※紙面掲載版より一部加筆・修正してあります。



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