「はいたいコラム」 トキ・農家・消費者 三方よし


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 学名をニッポニア・ニッポンというトキは、江戸時代には害鳥になるほど多く日本の里山に棲(す)んでいました。しかし、環境変化により1981年、野生のトキは絶滅しました。その後、中国からの寄贈を受けて人工繁殖し、蘇(よみがえ)らせた物語の裏には、佐渡の米作りがありました。

 トキが生息するのは田んぼや林といった人の営みのある里山です。それゆえトキの生態を熟知するのは生産者なのです。新潟県佐渡市では、農薬と肥料をそれぞれ5割減らしたコシヒカリを「朱鷺(とき)と暮らす郷」認証米としてブランド化しています。齋藤真一郎さんに案内してもらうと、水を張った田に、いました! 白い羽根、顔の赤いトキを4羽、この目で確かめました。

 保護活動から半世紀、今では350羽が佐渡の空に舞っています。驚くのは、飼育下より野生で生まれる方が多いことです。農家自ら田んぼ脇にトキのエサが棲む水場を作り、ドジョウもカエルも、トキも、そして耕す農家自身も含めて、多様な命が活躍する田に変えていったのです。

 生産者が育むのは食料だけでなく、地域環境です。島の人たちは知っていたのです。手間をかけてでも、トキを生きやすい田んぼにする方が、農家自身も生きやすくなることを。トキよし、農家よし、世間よしの三方よしです。

 こうして2011年、「トキと共生する佐渡の里山」は、FAO(国連食糧農業機関)により先進国で初めて、「世界農業遺産」の認定を受けました。地球の食糧問題を解決する上で重要な農業システムだと評価されたのです。

 災害列島であるこの国の農業に希望を見い出すとすれば、それは「応援消費」や「友産友消」ではないでしょうか。課題地域のものを、食べて応援、買って応援、旅して応援することは、エシカル(倫理的)消費とも呼ばれ、消費行動自体が社会貢献になり、友達を応援する喜びにもつながります。

 佐渡の人々はトキの絶滅という大きな喪失があったからこそ、行政もJAも島ぐるみで環境をよくし、生き物の多様性を育む農業にシフトすることができました。認証米に取り組む水田は島全体の4分の1に及びます。島の課題はどこも同じです。農産「物」を売るに止まらず、育んできた「物語」にこそ価値があるのだと、地域が誇りを持って伝えていく時代です。

(フリーアナウンサー・農業ジャーナリスト)

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小谷あゆみ(こたに・あゆみ) 農業ジャーナリスト、フリーアナウンサー。兵庫県生まれ・高知県育ち。NHK介護百人一首司会。介護・福祉、食・農業をテーマに講演などで活躍。野菜を作るベジアナとして農の多様性を提唱、全国の農村を回る。

(第1、3日曜掲載)