不戦の誓い、次代へ 遺族ら「集団自決」語り継ぐ 読谷・チビチリガマで慰霊祭


この記事を書いた人 大森 茂夫
「戦争のない平和な世界の実現に向け力を貸してほしい」と手を合わせる与那覇徳市さんと遺族ら=6日、読谷村波平

 【読谷】沖縄戦で米軍が沖縄本島に上陸した直後の1945年4月2日に、85人が「集団自決」(強制集団死)などに追い込まれた読谷村波平の自然壕チビチリガマで6日、遺族会(与那覇徳雄会長)による慰霊祭が行われた。遺族ら約50人が参列し、74年前に命を失った犠牲者の冥福を祈るとともに、沖縄戦や平和の大切さを語り継ぐ決意を新たにした。

 午後1時ごろに集まった遺族や関係者らはガマの周辺を清掃し、琉球料理と花を供えて線香を手向けた。犠牲者の名が刻まれた慰霊碑を、当時生後5カ月でガマに隠れていた女性がタオルで丁寧に磨く姿もあった。与那覇会長の兄で、母方の祖父母ら5人を亡くした与那覇徳市さん(76)=村渡慶次=はしまくとぅばで「また今、戦争ができる国へと向かっている。同じ過ちを繰り返さないためにも、どうか先祖の皆さま、力を貸してください」と手を合わせて語り掛け、全員で合掌した。手を合わせたまま、閉じた目から涙を流す参列者もいた。

 与那覇会長は名護市辺野古で進む新基地建設に触れ、「チビチリガマは戦争がもたらした悲劇。戦争につながる施設は遺族会として断固反対だ」「先輩方の無念の死を無駄にしないためにも、われわれは歴史から学ばなければならない」と訴えた。

 村職員労働組合青年部の山城拓也部長(33)は遺族らの思いに触れ、「皆さんから教えていただいたことを、きちんと次の世代へ伝えていきたい」と述べ、不戦を誓った。