コンピューターを使い電気信号を送って人の手を動かす世界初の装置「ポゼストハンド」の開発で、2011年に米タイム誌の世界の発明50にも選ばれた玉城絵美さん(34)=北谷町出身。研究を進めながら12年にはベンチャー企業H2L.Incを創業する。現在は早稲田大で研究を続けながら、国の科学技術振興機構(JST)さきがけの研究員も務める。自身で言う「ひとり産学官」だ。
病床から思い描いた「外に出なくてもいろんな体験ができるようになりたい」という夢に向かって歩む玉城さん。沖縄からノーベル賞を、との期待も高まる。
触れるVR、 どこにだって行ける
―どういう研究をしているんですか。
「目指しているのは『ボディ・シェアリング』です。人の身体感覚を他の人が共有できる技術です。音や映像は画面があれば見られます。でも触った感覚とか、何かとぶつかったとか、身体感覚は共有できない。人とコンピューターをつないで身体感覚を共有できるようにしたい」
―闘病中に研究のきっかけがあったと聞きました。
「高校2年で先天性の心疾患が悪化して入退院を繰り返しました。もともとひきこもり体質で入院生活は快適だったのですが、外に出ないため、圧倒的に体験の量が少ないと感じました。他の入院患者さんも『子どもの運動会に行きたかった』と残念そうでした。外に出ないでも体験や経験ができる手法がないか、考えたんです。本や映画でも疑似体験はできるけど、それは他の人の考えを受け取るだけ。そうではなくて自分は病院にいても、他の人がビーチで白い砂を触ったりする体験を感じたい、って思ったんです」
―発想の源をどう研究につなげたんですか。
「大学で、人間とコンピューターの相互作用を促進する『HCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)』という研究分野を知りました。コンピューターで手の動きを再現することができないか、と思い、いろいろ情報を集めました。琉大工学部の先生方ともすごくディスカッションしました。1日5、6時間話し続けたこともありました」
コンピューター 手の動きを制御
―筑波大大学院で修士をとって東大大学院に進んだ。2011年にコンピューターで人の手を自由に動かすことのできる「ポゼストハンド」を完成させました。
「09年から作り始めました。パソコンと基盤をつなぎ、電極パッドが入ったベルトを人の腕に巻きます。手の動きによって使う筋肉をコンピューターが学習して、パソコンから動かしたい筋肉を指示していく。筋肉を動かすには脳が電気信号を送ります。その電気信号を模倣して操作します」
「似たような研究は医学の分野でも行っていたんです。医療では電気で刺激したり、筋肉に針を刺したりしていた。そんな痛いことしなくてもできるのではないかと。内側から刺激を与えるんではなくて、外から。工学部的な力業で解決したんです。お医者さんからは驚かれました」
―その後、起業した。研究だけでも大変だと思うが、どうしてですか。
「私の研究を10年、20年の短いスパンで世の中に広げたいなら起業した方がいいと思いました。私の『ポゼストハンド』はいわば提案型の研究です。必要に迫られて行う問題解決型の研究ではない。世の中に今すぐ必要ではないけれど、あったら便利という研究。スマートフォンが提案型研究に近いですね。これまでの携帯電話でも用が足りていたけど、あったら便利でみんなが飛びついた。イヤホンも提案型研究だったそうです。みんなで聴くものだった音楽を個人のものにした。最初はかなり抵抗があったそうですが、今は当たり前になった。そういう提案型研究を広げるには起業しかない」
―そこからの行動がすごい。
「起業するためには、特許や企業間紛争、金融、市場調査などなどさまざまな経営の知識が必要だろうと、東京大学博士課程2年生のとき、専門投資会社に半年間、インターンで入りました。朝まで研究室にいて午前中は会社で仕事。研究室にサマーベッドを置いて寝ていました。すごくきつかったけど本当に勉強になった。10年には米ピッツバーグのディズニー・リサーチで半年間、学びました」
インドア派でも体験はしたい
―11年には東京大学大学院で博士号を取り、東京大学総長賞を得て総代も務めた。順調に研究を進めてきたように思いますが。
「失敗もたくさんありますよ。最大の失敗は27歳から2年間取り組んだ技術開発。脳からの微弱な電気信号を読み取ろうとしたが、論文も出せず、全然駄目。ほんとがっかりでした」
―触感型ゲームコントローラー「アンリミテッドハンド」を発売しましたね。
「腕に巻いたらバーチャルリアリティ(VR)ゲームの触感を感じられるものです。手の筋肉を収縮させてユーザーに類似的な触感を与えます。画面の中で瓶をつかんで投げる感触が味わえる。指を伸ばせば鳥が止まる重さを感じられる。17年の東京ゲームショーで発表して、すごく売れていま在庫切れです」
―これから取り組みたいことは何ですか。
「ボディ・シェアリングを実現して人生経験を豊かにします。地球上の74億人の手、148億本を共有したら、自分は動かなくてもそこら中に行ける。ひきこもり傾向の私でもいっぱい体験したいんです。短命でも、年を取って体が動かなくなっても、人の体をお借りして、2、3倍の体験をすれば200歳分、圧縮して生きたことになる。現在はTV会議などで家にいても外の人と交流できますが、もっと先に進んで、外にいる人やロボットの体を借りて、経験を積んでいく。次世代のひきこもりですよ」
「ただし、ボディ・シェアリングという言葉は私が創った造語です。全く新しい概念で問題もあります。ヴァーチャル(仮想)体験が本当の体験かと錯覚してしまう。自分の体に関する意識も過疎化してしまうかもしれない。どういうルールがあれば実現できるのか。そのルールづくりをします」
―沖縄の若い人にアドバイスを。
「どこにいても、どこに出ても挑戦できます。ビジョンが決まれば後は全力で挑戦するのみです」
(聞き手・島洋子経済部長)
たまき・えみ
1984年生まれ、北谷町出身。桑江中、球陽高を経て琉球大学工学部を卒業後、筑波大学大学院で修士、東京大学大学院で博士号取得。2011年にコンピューターが人の手の動作を制御するポゼストハンドを発表し、米タイム誌が選ぶ50の発明に選ばれる。12年にベンチャー企業「H2L」を創業。13年から早稲田大学准教授。国のJSTさきがけ研究員も務める。
取材を終えて 引き寄せる力に感動
かわいらしいルックスとおっとりとした話し方は、失礼ながら「世界の先端科学者」の印象ではない。しかし「ポゼストハンド」の開発と起業に至る道のりはイメージを裏切るバイタリティーだ。
東大大学院で研究をしながら投資会社で経営学を学ぶ。寝るのは研究室のサマーベッドという生活を送り、「学んだことはすべて役に立っている」と話す。必要だと思ったことをすべて自身に引き寄せる力に感動する。
「将来の夢は」と問うと、「早くひきこもりたい」と笑うが、いえいえ、世の中がひきこもらせないでしょう。沖縄初のノーベル賞受賞に早くも期待しています。
(琉球新報 2018年6月4日掲載)