「30年で2千万円」問題を巡って大騒ぎになっている。もっと大騒ぎになっていい。実に由々しき問題だ。
金融庁の諮問会議である金融審議会の市場ワーキンググループが、日本国民の老後資金について報告書を取りまとめた。その中で、夫が65歳以上、妻が60歳以上の夫婦の場合、年金収入のみでは生活費が毎月約5万円、30年間なら2000万円不足するという試算が示された。これに基づいて、不足分を補うために個人年金を手当したり、あらかじめ資産運用を進めておくことが推奨されている。
ところが、所管大臣である麻生太郎金融相は、この報告書が政府方針にそぐわず誤解を招くというので、その受け取りを拒否した。この受け取り拒否によって、この報告書はもはや存在しなくなった。それが、政府与党の見解らしい。
この実に奇怪なる事件に関して、われわれはそのどこについて、どう腹を立てるべきであろうか。あまりにも怒りを向けるべき側面が多くて、めまいがする。だが、このめまいによって判断を誤ってはいけない。最も怒るべき点を見誤ると、政府与党の思うつぼだ。
そこでまず、この問題に関する立腹ポイントを列記してみよう。
(1)「100年安心」だと言ったのに、実は「30年で2千万円足りない」だったという偽装。(2)自力で2千万円貯めろと国民を突き放す怠慢と無神経。(3)2千万円をゲットするために「貯蓄から投資へ」を励行せよという証券会社の回し者的言い方。(4)2千万円というような金額とは無縁の生活を強いられている人々、それでも必死で貯蓄に精を出そうとしている人々への共感性の欠如。(5)自分たちに意見するためにある審議会が出して来た報告書を、気に食わないからと言って抹殺しようとする強権的傲岸不遜(ごうがんふそん)。
ざっとこんなところか。さて、これらの立腹ポイントをどのようにランクづけするか。一位にランキングすべきは、間違いなく(5)だろう。これぞ圧政。これぞ圧制。不都合な事実が判明したら、それをばらした文書を葬り去る。この発想の中に、今の政府与党の体質が余すところなく現れ出た。
(浜矩子、同志社大大学院教授)
(2019年6月16日 琉球新報掲載)