社会

亡き友のみ霊を追悼 農林健児之塔で同窓生らが慰霊祭

県立農林学校同窓会の代表として戦没者に哀悼の意を述べる渡口彦信さん=15日午前、嘉手納町嘉手納の農林健児之塔

 【嘉手納】終戦記念日の15日、県内で鉄血勤皇隊として戦場動員され命を落とした県立農林学校の生徒や教職員を追悼する慰霊祭が、嘉手納町嘉手納の健児之塔前で開かれ、同窓生ら50人が鎮魂の祈りを捧げた。照りつける日差しの中、参列者らは亡き旧友や家族の冥福を祈ると共に、平和への誓いを新たにした。

 県立農林学校の同窓生を代表して慰霊の言葉を述べた渡口彦信さん(92)は多くの学生が戦地に送られ、無念にも10代の若さで尊い命が失われたと凄惨な沖縄戦の実相を振り返った。その上で「再び愚かな戦争を起こさないためにも、沖縄戦を風化させることなく後輩に語り継ぐ責務を全うする」と力強く語り、反戦と平和の希求を誓った。

 平和の詩を読んだ嘉手納中2年の宮平萌香さん(13)は「平和」と「戦争」で対局する世界のどちらが幸せかを問い掛け、笑顔やきれいな空と海、心の豊かさがあふれる平和が「やっぱり一番」だと訴えた。


慰霊塔を前に、兄・清さんら戦没者に語りかけるように鎮魂歌を独唱する田本徹さん=15日、嘉手納町嘉手納の農林健児之塔

 慰霊祭の最後には、同校初の犠牲者となった田本清さん(享年18)の弟で声楽家の徹さん(81)=石垣市=が鎮魂歌として琉球民謡「えんどうの花」と「なんた浜」を独唱。124人の学徒を含む500人余の犠牲者のみ霊が眠る嘉手納の丘に、優しい歌声が響き渡った。

 長年、同窓会の事務局長を務め、2012年に85歳で死去した知念正喜さんの妻・節子さん(85)から、知念さんが生前大切に保管していた県立農林学校の制服のボタンが、北部農林高校展示資料室に贈られた。

 同日嘉手納町では、同町出身の戦没者ら649人の名を刻銘した招魂之塔でも平和祈願祭が開かれた。【琉球新報電子版】