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 1990年代半ばになるまで、HIV感染症に対する有効な治療法がなく、罹患(りかん)した人は若くして亡くなる方が少なくありませんでした。その後、非常に効果の高い治療法(抗レトロウィルス療法)が開発され、現在では定期的に通院して適切な治療を受けることで、HIVに感染していない人と同様に長生きできるようになりました。つまり糖尿病や高血圧症などと同じような慢性疾患になったのです。

 しかし、いまだにHIV感染症への誤った認識や偏見が社会の一部に残っています。そのため、医療や介護が必要となった時、HIV陽性者であることを理由に、施設の利用を断られてしまうことも珍しくないのです。

 2023年11月時点で当院治療中の患者さんは97人となっています。そのうち36%が50歳以上の方なので、HIV陽性者にも高齢化が進んでいます。当院治療中の患者さんから外来でよくお話を聞きます。「今は自分で車を運転できるけど、いつまでできるかな。近くの病院だと、知り合いに会ったらどうしようと思って通えないんです」「老人ホームに自分が入所する時、病気のこと言わないといけないですか」「薬を飲めば死なないけど、逆に長生きするのも不安だ」

 健康上の問題だけでなく、他の方々に自分の病名を伝えることができず、多くの困難を抱えている方がいます。親族や地域からも孤立して暮らさざるを得ない方が他の疾患と比較して多いのです。本人の希望に沿った老後の過ごし方をサポートできるほど、県内でのHIV陽性者の受け入れ環境は整っていないのが実情です。

 そこで当院では、地域の医療施設や介護福祉施設の方々にHIV感染症に関する正しい知識を提供する「出前講座」を行っています。地域医療・介護サービスに関わる方々が抱いている不安や懸念を減らすことで、HIV陽性者の方が地域の方々の支援を受け、望む場所で生活ができるお手伝いを目指しています。

 「どのような最期を迎えたいか」。ご自身の考えを整理していくことも必要ですが、その周りにいる家族や地域全体がそのサポートをしっかり整える必要があります。

 想像してみてください。抱えている疾患によらず、本人が望む老後の生活を描くことができ、それを現実に近づけることができる社会。個人個人が尊重され、老後の大切な時間を安心して過ごせる世の中になることを願っています。

(伊波百合恵、県立中部病院 看護部 HIVコーディネーターナース)