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子が通学「生きた心地せず」「今から県外?無理」 沖国大ヘリ墜落でアンケート 住民ら“動かぬ基地”に憤り 沖縄


子が通学「生きた心地せず」「今から県外?無理」 沖国大ヘリ墜落でアンケート 住民ら“動かぬ基地”に憤り 沖縄 沖縄国際大学=2014年(資料写真)
この記事を書いた人 Avatar photo 梅田 正覚

 沖縄国際大への米軍ヘリ墜落事故から20年を控え、第3次普天間爆音訴訟団が実施したアンケート。事故当時、大学は夏休みで学生も職員も学内に少なかったことで奇跡的に死傷者が出なかった。子どもが当時沖国大生だった回答者は「子と連絡がつくまで生きた心地がしなかった。米国本国では住宅地に近接して基地を造らない。住宅地の周辺では飛行訓練を行わないことになっているという。沖縄では全くそのことが考えられてない」と憤りをにじませた。

 ヘリ墜落直後、米軍は学内の現場周辺を規制し、消防も県警も現場に近づけなかった。ある回答者は「考えられない」として「基地があることで雇用が生まれ、経済が動いているのも事実だが、表に出ていない多数の事件・事故があるのも確かで、住宅地にある普天間飛行場は早く移設すべきだ」とした。

 1959年の宮森小米軍ジェット機墜落事故を想起した人も。「友人が胸にガラスの破片が刺さった後、亡くなった。65年たった今でも慰霊祭に行けない。軍用機の音が聞こえると玄関に出て逃げようとする。また落ちるのでは?と思う」とつづった。

 一方、親子代々で宜野湾に住んでいるという回答者は、普天間飛行場を県外・国外に移すことは現実的ではないとした。「今から県外?。50年、100年の話?そんなの無理。辺野古でしょ」として名護市辺野古へ早期移設を望んだ。

 事故直後に開かれた抗議集会や県議会などでは民間地上空での米軍機の飛行・訓練中止を求めてきているが、米軍機は依然として民間地上空を飛び続けている。

 アンケートを実施した普天間爆音訴訟団の新垣団長は「住宅地の近くに基地があることは異常で、事故が起きたことで危険性がさらに認識された。米軍機の運用は今も変わらず、いつ事故に巻き込まれるかは分からない。アンケートの要望の通りに普天間飛行場は閉鎖するしかない」と話した。

 (梅田正覚)