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津波警報…忘れられぬ「小さな背中」 避難と取材のはざまで葛藤<取材ノート 新聞週間2024>(中)


津波警報…忘れられぬ「小さな背中」 避難と取材のはざまで葛藤<取材ノート 新聞週間2024>(中) 近くのホテルに避難する高齢者=4月3日午前9時25分、石垣市
この記事を書いた人 Avatar photo 照屋 大哲

 4月3日午前、台湾東部沖を震源とする地震が発生した。与那国町で震度4、石垣市、竹富町で震度3を観測。八重山地方などに津波警報が発表された。目と鼻の先に海がある琉球新報八重山支局。記者は避難と取材のはざまで葛藤した。

 その日朝、予定していた取材が延期となり、支局と同じ建物にある社宅に戻った。一息つき寝転んでいると、小刻みな震動が来た。コップの水が揺れていた。テレビ画面から強い口調で避難を呼びかけるアナウンサーの声が響く。繰り返される緊急速報や防災無線、鳴り響くスマホの警告音。避難しようとすぐに準備し、外に出た。

 だが、迷った。「写真、どうしよう」。琉球新報八重山支局は石垣市浜崎町に所在する。海はすぐそこ。支局記者は自分一人。その時、その場所で、その瞬間を記録するのが記者の仕事。読者の知る権利に応えるべく、取材し集めた情報を正確に迅速に伝える責務がある。だが、命を守ることが最優先であることも頭では分かっていた。「気をつけろ」。上司らとの当時のグループラインには、私に避難を促す文言が並んだ。「高台に避難して」「身の安全が大事、取材は気にしないで」。本社の編集局と総務局からも安否確認と共に避難優先指示の電話がきた。

 結局、支局周辺を車でぐるっと回り高台を目指した。その道中、2人に付き添われながらゆっくりとした歩幅で荷車を押し、避難する高齢女性が目にとまった。無視できなかった。車を降り、その小さな背中を写真に収めた。その後は渋滞につかまり、車を乗降しながら撮影を続けた。「あのおばあちゃんのように避難している人が他にもいるかもしれない」。後ろ髪をひかれる思いでハンドルを握った。

 その日の夜、上司らとのグループラインに「避難が最も大切だと分かっているが、もっと回れば良かったという思いも。報道って難しい悩ましい」と書き残していた。 津波について忘れてはいけない言葉がある。「津波てんでんこ」。東北の三陸地方の言い伝えで、「津波の時は人にかまわず、てんでばらばらで逃げろ」という意味。まず自分で自分の命を守るという考え方だ。

 今回の取材時も、自身を犠牲にしようとは思っていなかった。ただ、記録に残すことへのこだわりが拭いきれなかったのは記者としての本音。今後も、いつどこで何が起きるか分からない。命を守ることを最優先した取材に取り組んでいく。

 (照屋大哲)