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緊迫するモルドバ情勢 停戦交渉で包囲回避を<佐藤優のウチナー評論>


緊迫するモルドバ情勢 停戦交渉で包囲回避を<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 ウクライナの西にモルドバ共和国という国家がある。首都はキシナウだ。この国を巡る情勢が2月末から急に緊迫している。

 <モルドバ東部の沿ドニエストル地方を実効支配する親ロシア派の組織は(2月)28日、「モルドバ政府からの圧力が高まっている。住民を保護するための措置を求める」などと主張し、ロシアに支援を要請しました。/沿ドニエストル地方は1990年にモルドバからの分離独立を一方的に宣言した地域で、およそ20万人のロシア系住民がいるとされ、ロシア軍が駐留しています。/親ロシア派組織の要請を受けてロシア外務省は「同胞の利益を守ることは常に優先課題の一つだ」とする声明を発表しました>(2月29日、NHK NEWS WEB)。

 まず、この地域の歴史的経緯について知っておくことが重要だ。ここに住むモルドバ人は、歴史的にはルーマニア人という自己意識を持っていた。モルドバ語はルーマニア語とほぼ同じだ。同国東部の沿ドニエストル地域は歴史的にロシア領に組み込まれていたが、残りの地域はルーマニアの一部だった。

 1940年にソ連がルーマニアからこの地域を割譲させ、それまでウクライナに属していた沿ドニエストル地域と併せてモルダビア・ソビエト社会主義共和国ができた。この共和国はソ連の一部になった。80年代末にモルドバにはルーマニアとの合同を求める政治運動もあったが、91年にソ連が崩壊した後は下火になった。モルドバのエリートからすれば、大ルーマニアができるとモルドバの大統領は知事、国会議員は地方議員、閣僚は地方政府の局長に格下げになるので、それよりは小さなモルドバでエリート職を維持したいと考えたのだ。

 他方、沿ドニエストルには民族的にロシア人、ウクライナ人、モルドバ人が混在するが、ソ連末期から高揚したルーマニアもしくはモルドバのナショナリズムに抵抗して、モルドバからの分離、ソ連残留を主張し、モルドバ側と内戦になった。結果、分離派がこの地域を実効支配し「沿ドニエストル共和国」と自称し、ロシアの保護を求めるようになり、今日に至っている。

 現在、ロシア軍がウクライナのドネツク州、ザポリージャ州、ヘルソン州の黒海沿岸地域を占拠している。されにこれに加え、ムィコラーイウ州、オデーサ州の黒海沿岸地域を占拠するとウクライナは黒海への出口を失い内陸国となる。これと「沿ドニエストル共和国」をつなぐとウクライナ南部はロシアによって完全に包囲されることになる。その結果、ウクライナの軍事力、経済力は著しく低下する。

 今回、「沿ドニエストル共和国」の国会議員と地方議会議員の合同決議は、ロシアがウクライナ南部完全包囲作戦に着手する第一歩となる。もちろん「沿ドニエストル共和国」の動きの背後にはロシア軍がいる。しかもこのような重要な動きをプーチン大統領の了承を得ずに軍部が行うとは思えない。

 ウクライナ支援疲れを示している西側連合にモルドバへ本格的な軍事、経済支援を行う余裕はない。ロシアが黒海沿岸地域を完全制圧し、沿ドニエストルと結合することは、地政学的にロシアの力(特に黒海方面における)を飛躍的に強化する。このシナリオを阻止するために有効なのは主要国が働きかけロシアとウクライナを停戦交渉につかせることだ。

(作家、元外務省主任分析官)