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ローマ教皇「白旗」発言 日本は停戦仲介の好機<佐藤優のウチナー評論>


ローマ教皇「白旗」発言 日本は停戦仲介の好機<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 カトリック教会の最高責任者でバチカン市国の元首でもあるフランシスコ教皇が、ウクライナに「白旗」を掲げてでも交渉せよという発言をしたことが3月9日に明らかになった。

 <このインタビューは2月に収録され、今月20日に(スイスの放送局RSIの)文化番組の中で放送される予定。/ロイター通信によると、教皇はインタビューで、ウクライナにロシアとの和解を求める人々と、和解は侵略を正当化することになると主張する人々の間の議論に関してコメントを求められた。その際、インタビューをした人は和解について、「白旗」を振るという表現を使った。/教皇はこれを受け、「最も強い者は、状況を見て、国民のことを考え、白旗を揚げる勇気をもって、交渉する者だ」と発言した。/さらに、「敗北し、物事がうまくいっていないと分かったら、交渉する勇気をもたなければならない」と付け加えた>(11日、BBC日本語版HP)。

 ウクライナ・ナショナリズムの基盤となっているのが同国西部ガリツィア地方に拠点を置くカトリック教会だ。ただし、この教会はイコン(聖像画)を崇敬し、下級聖職者の妻帯が認められるなど、表面上は正教会に似ている。にもかかわらずローマ教皇がキリスト教世界のトップであること(教皇首位権)を認め、聖霊が父および子からも発出する(神学用語でフィリオクエという)という立場をとるユニエイト教会(帰一教会)とも呼ばれる東方典礼カトリック教会だ。

 カトリック教会において、教義と道徳に関する教皇の発言は間違えることがない(教皇不可謬(びゅう)性)という教義がある。今回のフランシスコ教皇の発言は、政治問題に関するものなので、不可謬性の対象にはならないが、「最も強い者は、状況を見て、国民のことを考え、白旗を揚げる勇気をもって、交渉する者だ」という教皇の発言は、ウクライナを含む全世界のカトリック教徒に無視できない影響を与える。ちなみにバイデン米大統領もカトリック教徒だ。

 この発言によって西側連合においてもウクライナ停戦に向けた機運が強まる可能性がある。現時点でウクライナの大統領やドイツの外相は教皇の発言に反発しているが、バチカンにはウクライナやドイツを含む各国のカトリック教徒の声が集まる。草の根の民衆の声を踏まえて、教皇はこの発言を行ったと筆者は見ている。

 現実的に見れば、ウクライナがクリミアを含む自国領からロシア軍を駆逐するという目標を達成することは不可能だ。これ以上、死傷者を増やさないようにすることが良心を持つ全ての人間に求められている。沖縄戦と似た状況にウクライナの戦場がなっていることを冷静に認識し、一刻も早く戦闘を終え、一つでも多くの命を救うことを真剣に考えなくてはならない。

 日本はG7諸国の中でウクライナに殺傷能力を持つ兵器を提供していない唯一の国だ。すなわち日本が提供した資金や装備品で死傷したロシア人は文字通り1人もいないということだ。そのため日本はウクライナとロシアの停戦交渉で仲介国となる要件を備えている。停戦に向けて日本がイニシアティブを発揮する絶好の機会と思う。

(作家、元外務省主任分析官)