22日、モスクワ郊外のコンサート会場「クロッカス・シティー・ホール」で起きたテロ事件では、139人の死亡が確認されている。本件に関しては、「イスラム国」(IS)が犯行声明を発表し、米国、日本などの政府もマスメディアもISが起こした事件であるとの前提で議論している。
しかし、ロシアのプーチン大統領の認識は異なる。25日、プーチン氏は治安機関関係者らとの会合を行ったが、その席でこう述べた。
<私たちは、この犯罪がイスラム過激派の手によるものであり、イスラム世界そのものが何世紀にもわたって戦ってきたイデオロギーであることを知っています。米国はさまざまなチャンネルを通じて、その衛星国や世界各国を説得しようとしています。彼らの情報によれば、モスクワのテロ攻撃にはキエフの痕跡はなく、この流血テロ攻撃はイスラム教の信奉者、ロシアで禁止されている「イスラム国」組織のメンバーによるものだということです。/私たちは、ロシアとその国民に対するこの残虐行為が誰の手によって行われたかを知っています。私たちは誰がそれを依頼したのかに関心があるのです>(25日、ロシア大統領府HP、ロシア語から筆者訳)。
米ロの外交当局、インテリジェンス機関の信頼関係が極めて低いレベルにあるため、プーチン氏は、ISが本件を引き起こしたとする米国とその同盟国の説明に対して懐疑的になっている。
その上で、プーチン氏は、テロを依頼したのはウクライナではないかという疑念を示唆する発言をした。
<テロの結果、誰が利益を得たのでしょうか? この残虐行為は、2014年以来、キエフのネオナチ政権の手によってわが国と戦争状態にある者たちによる一連の企てにつながるものでしかありません。そしてよく知られているように、ナチスは目的を達成するために最も汚く非人道的な手段を用いることを決していとわないのです。/連中の反攻が完全に失敗に終わった今日、なおさらです。このことはすでに誰もが認めており、議論の余地がありません。ロシア軍は全ての前線で主導権を握っており、防衛線を維持しようと敵がとった措置はすべて成功していません。/それゆえ、国境地帯に侵入して足がかりを得ようとする試み、多連装ロケットランチャーの使用を含む、平和な居住区やエネルギーなどの民間インフラへの砲撃、クリミア橋やクリミア半島そのものへのミサイル攻撃が行われています。/モスクワでのテロ攻撃のような血なまぐさい脅迫行為は、この一連の流れに極めて論理的に符合します。その狙いは、すでに述べたように、社会にパニックをまき散らすと同時に、キエフ政権にとってすべてが失われたわけではないことを自国民に示すことにあります>(同上)。
日本を含む西側では、プーチン氏が故意に事実を歪曲(わいきょく)して、ウクライナに責任を転嫁しようとしようとしているという見方が主流だが、筆者はそう考えない。プーチン氏にもロシアのインテリジェンス機関や捜査機関は、現在戦争を行っているウクライナとそれを支援している米国は、ロシアに対して強い敵意と悪意を抱いているという予断がある。そのためテロを依頼したのは、ウクライナであり、その事実を米国が隠蔽(いんぺい)するために大規模な情報操作をしているように見えるのだ。
誤解からウクライナ戦争が第三次世界大戦に拡大することは何としても阻止しなくてはならない。インテリジェンス面での西側とロシアの対話が死活的に重要になっている。
(作家、元外務省主任分析官)