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北朝鮮からの「贈り物」 相互主義のシグナル送る<佐藤優のウチナー評論>


北朝鮮からの「贈り物」 相互主義のシグナル送る<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 5月29日、韓国軍合同参謀本部は、北朝鮮が韓国側に家畜の糞(ふん)、使用済み乾電池、紙くずなどごみが入った袋を結びつけた大量の風船を散布したと明らかにした。今月1日までに約1千個が韓国に落下したという。韓国の脱北者団体「自由北韓運動連合」が5月10日に、北朝鮮に向けて金正恩氏を非難するビラ30万枚やK―POPの動画などを収めたUSBメモリ2千個を、20個の風船に付けて送ったことが北朝鮮を刺激したようだ。

 5月29日、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党総書記の妹である金与正・朝鮮労働党副部長が談話を発表し、こんな指摘をした。〈われわれが、自分らがいつもやっていたことを少しやってみたのに、なぜ火の夕立に打たれたかのように騒ぎ立てるのか分からないことである。/われわれが数年間、そんなにも問題視して中断を要求してきた汚らわしい品物散布劇に自分ら自身が直接遭ってみて、結局、たった一日目に白旗を掲げて投降したわけである。/あの韓国の連中の目には北に飛んでいく風船は見えず、南に飛んでくる風船だけが見えたのであろうか?〉(5月29日「朝鮮中央通信」日本語版)

 どうも北朝鮮は、相互主義の原則、すなわち「目には目を、歯には歯を」というゲームのルールを韓国と確立することを狙っているようだ。与正氏は、北朝鮮の今後の対応についてこう述べている。〈私は今日、次のような立場を整理しようとする。/「朝鮮民主主義人民共和国政府は大韓民国に対するビラ散布がわが人民の表現の自由に該当し、韓国国民の知る権利を保障することとして、これを直ちに制止させることには限界点がある。大韓民国政府に丁重に了解を求める。…」/大韓民国の一味は、朝鮮民主主義人民共和国人民の正義の「表現の自由」を奪うことはできない。/韓国の連中は、わが人民が散布するごみを「表現の自由保障」を唱える自由民主主義鬼の連中に送る真心のこもった「誠意の贈り物」として大事に見なして引き続き拾い集めるべきであろう。/われわれは、今後、韓国の連中がわれわれに散布するごみ量の数十倍に対応するということを明らかにする。〉(同上)。

 まずここで与正氏が、南朝鮮傀儡(かいらい)のような表現をせず、大韓民国という正式国名を用いていることが注目される。北朝鮮は、韓国を対等の国家と見なしているというシグナルだ。また韓国を含む西側諸国が使う「表現の自由」や「国民の知る権利」という用語を使って反論している。与正氏流のユーモアなのだろう。

 与正氏は、相互主義のルールを韓国に対して適用する意向を表明している。要するに韓国が風船の放流を止めれば、北朝鮮も止めるということだ。風船の放流を行うのが政府か民間団体であるかは問わない。事実として、韓国から風船が飛んでくれば、これからも北朝鮮は「誠意の贈り物」が詰まった風船を飛ばして返礼するということだ。民間団体の風船の放流を放置するか、規制するかは韓国の国内問題だというのが北朝鮮の認識だ。これは国際法的にも筋が通った主張だ。

 北朝鮮は、殺傷能力を持つ物質を含んでいない韓国の風船に対して、毒物や爆発物の入った気球で対抗するとか、砲撃で対抗するというような、均衡を欠いた「目には目と耳を」「歯には歯と鼻を」というような過剰反応をしていない。汚物風船という現象面に惑わされず、北朝鮮の論理を正確に把握することが重要と思う。

(作家、元外務省主任分析官)