【島人の目】世界を奏でる2本の弦


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 「日曜の朝は彼のコラムを読むことから始まる」と語る大勢の愛読者を持つスティーブ・ロペスは、LAタイムズ紙の人気コラムニスト。地元愛に根差した視点から、ロサンゼルスが抱えるさまざまな問題を描き出す彼は、社会的にも大きな影響力を持つ記者だ。そのロペスのコラムが原作となった映画「路上のソリスト」がこのほど全米公開された。

 原作のコラムが初めて掲載されたのは4年前。締め切り前に、「何かいいネタはないものだろうか」と街をさまよっていたロペスは、たった2本の弦しかないバイオリンを弾くホームレスの男と偶然出会う。柔らかなバイオリンの音色で、雑踏の喧騒(けんそう)を静謐(せいひつ)な世界へと塗り替える男の音楽。心を奪われたロペスは、男がアメリカで最高権威のジュリアード音楽院に在籍していたことを知る。その出会いを綴(つづ)ったコラムは大きな反響を呼び、連載が開始された。
 ホームレス地区に寝泊まりし、男と心を通わせていくうち、男に音楽家としての人生を取り戻す助けをしなければ、とロペスは強制的に薬を飲ませ治療しようと試みる。連載では、男の激しい抵抗に遭いながら、自身が心の病とは何かを初めて肌で理解していく過程が素直に綴られている。
 ロサンゼルスは、豪邸に住むセレブとホームレスが共存する光と闇が照らし合う街。夜空に無数の星が輝くように、幸せの形というものもまたさまざまだ。
 夢と希望は何かと尋ねたら「あと2本弦がほしい」と答えたホームレスのバイオリン弾き。たった2本の弦で世界を奏でる男から得た「人は信じるものが1つあれば生きていけるものなんだ」というロペスの学びは今、新しい問い掛けとなって世界に広がり始めている。
(平安名純代、ロサンゼルス通信員)