【島人の目】いのちをかけた愛


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 「いのち短し 恋せよ乙女 朱(あか)き唇 褪(あ)せぬまに
 熱き血潮の 冷えぬまに 明日の月日は ないものを」

 吉井勇作詞「ゴンドラの唄」の一節である。島村抱月作詞「カチューシャの唄」とともに、中山晋平作曲の大正初期の秀作である。「ゴンドラの唄」を最も有名にしたのが、黒沢明監督作品「生きる」ではなかったか。30年間無欠勤で勤めた市役所役人が、胃がんで余命いくばくもないことを告げられた。残された時間を人のために役立つことに使おうと考え、児童公園造りに専念する。完成してブランコに揺られ、この唄を歌いながら幸せそうに彼は逝った。この作品は「死」というものを通して、そして今を生きるということの意味を、観る者の心にしみじみと伝えてくれる。
 「カチューシャの唄」は女優松井須磨子が歌って当時一世を風靡(ふうび)した。須磨子は島村抱月と不倫関係にあり、そのために抱月は早稲田大学の教授職を失ったが、その後も2人で芸術座を維持した。須磨子は抱月の病死2カ月後に彼の後を追って自殺した。
 最近読んだ書物に、郷原茂樹著「奄美物語」がある。薩摩の圧政の下、農奴(家人-ヤーンチュ)として生まれついた奄美の若者たちの、死をも恐れなかった純愛が描かれている。そのほとんどが悲劇に終わった物語で読んでいて涙を誘う。島唄のように、心のはるか遠くへ、人は愛するために生まれ、生命をかけて歌うと添えてある。
 いろんなかたちの生命をかけた愛があるが、愛は人間の永遠のテーマであろう。(当銘貞夫、ロサンゼルス通信員)