【島人の目】引き算の喜び


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 長い人生において良き師に巡り会えるかどうかが時として人の一生を左右する場合がある。金融マンとしてウォール街の第一線を走り続けた後にリストラされ、教師として第二の人生を歩き始めた友人が「引き算の喜びを味わっている」と近況を知らせてきた。

 経験も自信もなく、覚悟を決めて教壇に立ったものの、生徒はまったく話を聞かない。中には家庭内暴力や麻薬、犯罪といった根深い問題を抱える者も多く、最初は戸惑うことだらけだったという。そんな時には恩師の「生きてると何度も挫折や失敗を味わうもんだ。人は悩み苦しむたびに教えを必要とする。そういう時に心からの助言や指導ができてこそ真の教育者だ」という言葉を思い出し、どうしたらよいのか自問を繰り返したという。
 「まず生徒の話を忍耐強く聞き、彼らの能力を認め、そして受け入れる。それができた時、彼らの態度も変わった」。これまでの世界では、自分の考えや主張を押し通すことが「美」とされていたが、教育現場は正反対。高層マンションや高級車に囲まれた生活を一つ一つ引き算していった後に残ったのは、生徒たちに必要とされることに心が満たされる喜びだったという。
 最高の教育とは、単に知識を植え付けることではなく、夢を与えることだろう。人間としての在り方や生き方を示しながら、子供たちに生きる希望と勇気を与え、自信と誇りを持たせる。そうすれば未来や可能性を信じることができるようになるし、夢を追い求めることもできるようになる。
 足し算の後に見いだした引き算の喜び。その向こう側に、夢を語る生徒たちの笑顔が見えてくるようだ。
(平安名純代ロサンゼルス通信員)