イラクへ赴いていた米海兵隊員の夫が結婚直後に戦死。「僕たちの子どもはふるさとで育てたい」という亡き夫との約束を果たそうと渡米した、ほたる・仲間・ファーシュキーさん(26)=宜野座村出身=が、一定期間同居していない結婚を認めない「米移民法」が壁となり永住を拒否されている。ほたるさんの境遇は映画にもなり、移民法改正に向け、米議会への働き掛けなど支援の輪が広がっている。
永住を拒否
ほたるさんは2007年春、在沖米海兵隊員マイケル・ファーシュキーさんと知り合い、翌年4月に婚約。その後マイケルさんは、第3偵察大隊長としてイラクに派遣された。
出発から3週間後、戦地で受け取ったほたるさんの妊娠の知らせにマイケルさんは喜び、08年7月に米軍に出した婚姻届が受理され夫婦に。だが同年8月、マイケルさんはバグダッド郊外でゲリラに狙撃され命を落とした。22歳だった。
テネシー州で営まれた葬儀に参列したほたるさんは、マイケルさんとの約束を果たすため、生まれてくるわが子を米国で育てることを決意。沖縄でことし1月に出産後、2月に亡夫の家族が住む同州へ渡った。
ところが、一定の同居期間を満たさない結婚を正式な「結婚」と認めない条項を盛り込んだ移民法の壁がほたるさんの前に立ちふさがった。米軍法に基づき遺族手当を受ける一方で、配偶者として永住権が取得できないのだ。
“第2の戦争”
「時代遅れの移民法は改正されるべきだ」。マイケルさんの母ロビンさん(48)は、地元やワシントンに赴き陳情活動を展開。同州選出のダンカン下院議員(共和党)が、7月にほたるさんに移民法を適用しないと定める個人救済法案を提出した。上院でも同様の法案が10月に提出されるなど支援の輪が広がった。さらにほたるさんの境遇を描いたドキュメンタリー映画「セカンド・バトル」が米国内で上映され、試写後に弁護士らを招いた討論会で移民法の問題点が浮き彫りになった。移民法専門の弁護士は「半世紀も前の移民法は二つの戦争を抱える今の時代とずれがある」と話す。
基地従業員として働いていたほたるさんは、育児休暇を取り、今年2月に観光ビザで渡米。滞在期間を1回延長し、期限が切れる来年2月には帰国しなければならない。
米国で広がる支援の輪に感謝しながら、ほたるさんは毎夜、マイケルさんの遺影に向かって話し掛けているという。「すべては悪い夢のよう。正直言えば沖縄に帰りたい。だけど夫との約束は守りたい」。米軍法と移民法のはざまで、兵士の戦死後、遺族が直面する“第2の戦争”にほたるさんは向き合っている。
(平安名純代ロサンゼルス通信員)