【島人の目】明日の人間育成


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 ジェイム・エスカランテという人がいる。映画「スタンド アンド デリバー(立ち上がり実行に移せ)」(1988年、邦題「落ちこぼれの天使たち」)のモデルになった有名な高校数学教師である。彼は3月31日、79歳の生涯を閉じた。死因はぼうこうガン、「崇高な教えの精神は健在だ」と最近のLAタイムズは伝えている。

 イーストロサンゼルス(LA)といえばLAの東地区に多くのメキシコ系住民が住む所として知られる。同地区は低所得者層地域で、生徒の成績が全国平均より極端に悪く、ギャングの抗争が絶えない治安の悪さなどから、いわゆる「取り残されたアメリカ底辺の社会」の代名詞になっている。
 映画は、そのイーストLAの一角ガーフィールド高校に82年、一人のボリビア生まれの数学教師が赴任してきたことから始まる。「無知なやつらに対数(数学の公式)など教えられるわけがない」など懐疑的で吐き捨てるような言葉を浴びせる他の教師の意見をよそに、エスカランテは愛情を持って生徒の指導に当たった。嫉妬(しっと)、誤解、中傷、非難、怠惰などの困難を斬新なアイデアで克服。やがて生徒たちは彼を信頼、大学へと進学、立派な職業に就いた。その功績が認められレーガン大統領とブッシュ(父)大統領時代にホワイトハウスに招かれ、映画のヒットと併せて彼の名は一躍国際的になった。
 ジョシュ・グローバンといえばよくセリーヌ・ディオンとデュエットで歌う男性ボーカルだが、ヒットソングに「You Raise Me Up」というのがある。「私が失望感に打ちひしがれた時、嵐の海を乗り越えて山の高さまで私を持ち上げてくれた」という内容。先のバンクーバー冬季オリンピックで銀メダルのスピードスケート女子団体追い抜きの選手を指導した羽田雅樹さんや、男子フィギュアスケート銀メダルの高橋大輔選手をコーチした長光歌子さんの、ジェンダー・年齢差を超え、頂点を目指した指導方法は、エスカランテと同様「明日の人間育成」に努力したとして高く評価されるであろう。
(当銘貞夫、ロサンゼルス通信員)