【島人の目】シエナの憂うつ


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 イタリア中部の街シエナは、フィレンツェからおよそ70キロ南にある中世の美しい街である。そこでは毎年夏、パリオと呼ばれる古い競馬祭りが行われる。ただの競馬ではない。街の中心にある石畳のカンポ広場を馬場にして、10頭の裸馬が全速力で駆け抜けるすさまじい競技である。

 イタリアでも一、二を争う美観を持つとたたえられるカンポ広場は、1000年近い歴史を持つ。都市国家として繁栄したシエナの歴史文化の象徴である。
 パリオの10頭の荒馬は、カンポ広場の平穏と洗練を蹂躙(じゅうりん)しようとでもするかのように狂奔する。狂奔して広場の急カーブを曲がり切れずに壁に激突したり、狭いコースからはじき出されて広場の石柱にたたきつけられたり、混雑の中でぶつかり合って転倒したりする。
 僕はかつてパリオを題材に、1時間半に及ぶ長丁場のNHKドキュメンタリーを制作したことがある。7~8年にもわたるリサーチ準備期間を経て作ったその番組は、とてもうまくいって僕はNHKから表彰される栄誉まで得た。
 僕にとって思い出深いパリオは、今存続の危機にさらされている。7月のパリオに出走した馬の1頭が、広場の壁に激突して死んだ。これに菜食主義者のこの国の観光大臣が「動物虐待」だとして噛(か)み付いた。
 その女性大臣は、シエナの人々が馬を深く愛し、親しみ、苦楽を共にして何世紀にもわたって祭りを守り続けてきた心など一顧だにしないように見える。彼女のヒステリックな叫びが静まることを願っているのは、多分僕だけではないだろう。
(仲宗根雅則、TVディレクター)