【島人の目】勉強はできなくても


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 先日、ミラノで古い沖縄の友人と会った。彼は沖縄の子どもの学力が全国最下位だと嘆いた。全科目が最低、というのはさすがに問題だと僕も思うが、それでもあえて言った。「ま、でも高校野球などスポーツで頑張っているからいいじゃないか」すると彼が反論した。「そういう考え方が駄目だ。スポーツばかという言葉もある。頭の悪いやつがスポーツばかりをやる。他府県の人たちは沖縄の子どもはばかだと思っているよ。つまり沖縄県民全体がばかだと思っているんだ」

 彼はきっと正しいのだろう。頭が悪いよりは良いほうがいいに決まっている。しかし、学力が低い上にスポーツも見どころがなかったらどうだろうか。もっと悲惨に違いない。だからスポーツで頑張るのはいいことだ。沖縄のスポーツキッズ、バンザイである。
 いい大学に入るための偏差値重視の詰め込み勉強を称賛するのもいい。しかしたまには少し引いてそれを見てみることも重要ではないか。詰め込み中心の勉強に必要な「暗記力」と、真の学力である「思考力」とは別物である。スポーツで勝つためには思考力がなくてはならない。スポーツで突出する人間は頭も良いのが普通だ。
 彼らは学校の成績が悪い場合もあるかもしれない。しかしそれは入試に備えたガリガリの暗記勉強が不得手というだけの話で、頭の善しあしとは関係がないのである。
 何事につけ頂点を極めるのはいいことだ。スポーツで一番になった子どもたちは、一流の大学に入るのと同じかそれ以上の能力があることを証明しているものなのである。
(仲宗根雅則、TVディレクター)