【島人の目】日伊往来が楽しい


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 最近、イタリア旅行をしたいという日本の友人知己が増えている。彼らにとってはイタリアは非日常である。だから新鮮だし、憧れる。ところが僕にとっては、イタリアは慣れきった日常である。イタリアを夢見る彼らとは逆に、僕にとっての憧れとは、実は、自分が生まれ育った国、日本である。

 長い外国生活を経て僕は今、日本をすごく新鮮に感じている。長い間、1年に3回程度の割合でイタリアと日本を行き来して過ごしてきた。大まかに言えば、2回は仕事で、1回は休暇でというふうだったが、休暇は仕事を兼ねることも多く、また若いころは仕事で帰国する回数がかなり多かった。
 テレビの仕事を減らしたここ数年は、仕事と休みを兼ねて1年に1度くらい帰るのが常となっている。帰国する頻度が減った最近、特にイタリアと日本というのは天と地ほども違う、誠に異質の世界だ、と今更ながら感じる。異質ながら似ている部分も実はまた多いのだが、違いの部分がはるかに大きく際立って見えるのである。
 日伊の違いは、若いころは自分の中でいわば消化吸収されて融和していて「違うが、でも同じだ」みたいな感覚になっていたように思う。今は日伊の違いが鮮明で、かつ違いの度合いが大きいと感じる。しかもそうした違いは、僕にとってはとても心地よいものである。
 イタリアと日本を隔てる飛行時間12時間の時空を超えるたびに、全く違う新鮮な世界に出合ったと感じて僕はとても興奮する。そんな折には、日伊を往復して暮らしている自らの境遇を幸せだと思ったりもするのである。
(仲宗根雅則、TVディレクター)