試される知事姿勢
米軍普天間飛行場の名護市辺野古沿岸部への移設に向けた県知事への埋め立て申請を今月末にも控える中、沖縄政策協議会が開かれた。安倍晋三首相と全閣僚を前に、仲井真弘多知事は県内移設が困難であることをあらためて訴えた。だが、首相をはじめ関係閣僚から移設に関する言及はなく協議は平行線に終わった。
沖縄振興策に関する報告が中心で、振興策をてこに知事らの理解を得て、県内移設の前進を図る政府側の思惑がにじみ、移設受け入れと振興策との「リンク」を一層際立たせた格好だ。
「きょうは政権交代を受けて、辺野古移設への理解を得るための再出発的な会合だ。最初から、埋め立て申請など移設の話はしない」
防衛省幹部はこう強調する。当面は移設問題を前面に出すのではなく、まずは政府を挙げて沖縄振興や基地負担軽減に取り組む姿勢を打ち出し、地元の理解獲得を目指す。そういった政府の方針を示すのが、民主党政権が協議会の下部組織として設けた「米軍基地負担軽減」「沖縄振興」の両部会を一本化した小委員会の新設だ。
菅義偉官房長官は記者会見で、二つの部会を設置していたことについて「振興と基地負担軽減は別だという建前論だったのではないかと思う」と指摘。「沖縄の皆さんにとっては一体のものだから、別々にやるより一体でやった方が効率的な会合ができるのでないかという判断の中で一つにした」と述べ、振興策と基地問題は別とする県の主張と相反して、「リンク論」をあらわにした。
今回の沖政協で仲井真知事は持ち時間の5分を超えて、普天間の県外移設のほか、日米で合意している嘉手納基地より南の米軍施設の早期返還、訓練区域の返還、日米地位協定の改定など沖縄が抱える基地問題への解決を熱心に訴えた。
知事は「政府とは意見交換の場がないといけない。意味がある」と評価。しかし、沖政協を通して県内移設受け入れを迫られることに対しては「これからだ」と語気を強めた。
沖縄振興の基本施策を話し合う沖政協は、基地問題を背景に1996年に設置されたが、当時の大田昌秀知事が普天間飛行場の県内移設受け入れ拒否を表明後に事実上凍結され、稲嶺恵一知事の初当選直後の98年12月に1年1カ月ぶりに再開された。年間総額100億円の特別調整費の予算措置が決定されるなど、政府と県政の蜜月(みつげつ)時代の到来を印象付けたほか、県内移設受け入れに向けた環境が構築された。
政府が振興策をてこに辺野古移設への圧力を強めるのは必至だ。今後、知事が県外移設を求める県民の立場を貫けるのかが、試されている。(問山栄恵)