ビバ!おっさん思春期 イタおかしい『地下室の手記』


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▼「おっさん思春期」という言葉が日本にはある。まだ一般的ではないが、ある。
 <社会人になって久しい男性が、自尊心は強いが、実績や自信がなく、展望も見えず、言葉や物で自分を飾り、防御も過剰な時期>として了解いただきたい。劇団「イキウメ」の別館的位置付けで主宰・前川知大が始めた「カタルシツ」の第1回公演『地下室の手記』。これを、思春期のおっさん全てに薦めたい。痛くておかしい、カサブ剥がしな作品だ。

▼原作はドストエフスキー。猛烈に自意識過剰な「男」が、自分を笑い者にした世間をあざ笑ってやろうと、地下室に引きこもって手記を書く。脚本・演出の前川は、舞台を帝政ロシアから現代日本に置き換えた。男は手記の代わりに「ニコニコ生放送」を使ってネット中継を始める。愚痴まみれの持論をぶちまけ、来し方を語り、ある風俗嬢との出来事をつまびらかにする。男を演じるのは安井順平、風俗嬢役は小野ゆり子。

▼「男」は、俺がこう言うとあんた方はこう思うんだろ、と勝手に先回りし、俺はお前らとは違うんだと嫌みたらしく、論を重ねてキリがない。だが、その愚痴や思考回路は、多くの観客も心当たりがある類のものなのだ。
 3部構成で、2部までは安井の一人芝居。中島隆裕プロデューサーによると、稽古では、安井がどう動いてシーンを転換させていくのかに苦心し、各シーンも全体も、観客に「気持ちいいな」と感じてもらえるように仕上げていったそうだ。中島Pいわく「論理だけでつないでも、生理だけでつないでも駄目で、安井がどうやりたいかを発信して、前川がチョイスする作業を、彼らはプラモデルを作る子みたいに集中してやってました」。
 結果、シーン転換も、小野ゆり子の登場の仕方も上々である。とりわけ、安井のたたずまいと演技の貢献は大きい。

▼ドストエフスキーが生み出した設定は当時、異様だっただろうが、今作に至ってどうか。似た部屋は無数に存在し、ネットでつながっていて、舞台の「男」はそのうちの一人に過ぎないのではないかと思わされる。

▼原作を学生時代に読んだ前川は、自分のことを書かれているようで恐ろしくなり、約10年後に読んだときには抱腹絶倒したという(注1)。おっさん思春期とは、『青春時代』(森田公一とトップギャラン)と同じく、あとからほのぼの思うもの。まっただ中のおっさんが「あ、俺今、思春期だわ」と一気にラクになる瞬間は見たことがない。いつ到来し、いつ終わるか分からない。青少年より厄介だ。

▼自意識過剰な男性の、最近の主な斬られ方は「めんどくさい男っ」。しかし、一太刀で斬り捨て、斬られるだけではもったいない。そこに在るおかしみを知り、笑う、痛がる、寄り添う、あるいは祝福しちゃうなりする絶好の機会が、今回の舞台である。(敬称略)
 (宮崎晃の「瀕死に効くエンタメ」=共同通信記者)
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宮崎晃のプロフィル
 みやざき・あきら 共同通信社記者。2008年、Mr.マリックの指導によりスプーン曲げに1回で成功。人生どんなに窮地に立たされても、エンタメとユーモアが救ってくれるはず。このシリーズは、気の小ささから、しょっちゅう瀕死の男が、エンタメ接種を受けては書くコラム。
(共同通信)

カタルシツ『地下室の手記』の一場面。安井順平と小野ゆり子<撮影・田中亜紀>
宮崎 晃