海老蔵、渋谷で初の自主公演


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新作歌舞伎「疾風如白狗怒涛之花咲翁物語。」の一場面。犬のシロを演じる市川海老蔵

宮本亜門演出、一人3役で昔話を歌舞伎化
 「枯れ木に花を咲かせましょう」。誰もが知っている、このフレーズ。でも、昔話「花咲かじいさん」のあらすじを正確に記憶している人は少ないんじゃないか。それに、枯れ木に花が咲くところを見てみたい!

 人気歌舞伎俳優、市川海老蔵のそんな直感から新作歌舞伎が産声をあげた。“出生地”は東京・渋谷のシアターコクーン。海老蔵の第1回自主公演「ABKAI」(えびかい、と読みます)で、『疾風如白狗怒涛之花咲翁物語。~はなさかじいさん~』が上演された。
 タイトルの字面から、つい、武田信玄か暴走族を連想してしまったが、「はやてのごときしろいぬどとうのはなさきおきなのものがたり」と読むそう。今回、脚本を手掛けた劇作家宮沢章夫が考え、海老蔵のこだわりで最後に「。」を加えたとか。演出は宮本亜門。現代劇で活躍する2人が歌舞伎に初挑戦した注目作だ。
 水害で色を失った村に、満開の桜がよみがえるストーリー。海老蔵は悪いじいさんと犬のシロなど3役。にらみの効きまくる大きな目といい、ただでさえ舞台映えする海老蔵が犬の仕草を見せるだけで、客席が沸きに沸く。そんな中、シロをかわいがる良いじいさん役の片岡愛之助と、ばあさん役の上村吉弥の奮闘が光る。
 客席まで覆う大きな布で村をのむ大水を表現したり、映像を取り入れたり、“亜門色”が生きた場面が目を引く。音楽は「歌舞伎であること」にこだわり、義太夫を取り入れた(作曲・鶴沢慎治)。試行錯誤の跡がうかがえる労作だが、個人的には、マイクを通じた大音量で聞く義太夫は音の響き方が耳障りで、残念でならなかった。
 新作のほかに、市川宗家のお家芸「歌舞伎十八番」の一つ、『蛇柳(じゃやなぎ)』を復活上演。海老蔵が4月から始めたブログとの相乗効果もあったのか、8月3~18日の全公演のチケットが売り切れ、期待と人気の高さを見せつけた。今後も、昔話の歌舞伎化を続けたいという海老蔵。ほのぼのした世界とその中にひそむ教訓が、歌舞伎と現代劇の手法でうまく引き出せれば、見た人の心に何かを残す、味わい深い新作ができるのでは、と思う。(瀬川成子・共同通信文化部記者)
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瀬川成子のプロフィル
 せがわ・しげこ 歌舞伎や能狂言、落語など古典芸能を担当。奈良出身でもともと、古美術や建築、日本庭園…と古いものが好きですが、時間があれば横文字の音楽や美術展で息抜きしています。
(共同通信)