メンタル・テクニカル・フィジカル エンタメ版「水泳のススメ」


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その9
 最近のスポーツ中継で「メンタル・テクニカル・フィジカル」という語をよく耳にする。例えば、サッカーなら「日本中の期待を背負った重圧の中でPKを決めたメンタルの強さはさすが」とか、「難しい位置から見事なゴールを決めたテクニカルなフリーキック」とか、「日本人選手は大きな外国人選手と競り合うとどうしてもフィジカルの弱さが目立ちます」といった使われ方をする。メンタルは「精神力」、テクニカルは「技術力」、フィジカルは「体力」といった意味で、いずれも英語だが、日本語化したカタカナ語(外来語)として使われている。

 日本古来の大相撲や柔道などの武道では、同様の意味の日本語に「心技体」がある。「心を強くして、技を磨き、体を鍛える」という教えである。例えば、大相撲で「横綱の強さは心技体の充実にある」といった使われ方をする。同じ意味であっても、もし解説者が「横綱が最高のパフォーマンスを発揮できるのはメンタル・テクニカル・フィジカルが充実しているからです」とカタカナ語で語ったら「じぇじぇじぇ!」と言ってしまいそうだ。
 この「メンタル・テクニカル・フィジカル」あるいは「心技体」と言われる3つの要素は、スポーツをする人のさまざまな局面(練習、上達、試合、勝敗など)で重要な役割を担っている。アスリートと呼ばれる選手たちに限らず、一般のスポーツを楽しむ人たちにも大いに関係することなので、指導する側もこれら3つの要素を加味した指導法を考える必要がある。
 通常のトレーニングでは、そのスポーツに特化した技能の習得と体力の向上をめざす。水泳ならば泳ぐ技能であり、マラソンならば走る技能である。こうした技能を高めることに加えて、必要な筋力や持久力を鍛え、体力をつけることで、そのスポーツのスキルが上がっていく。いわば、スポーツ上達のベースとなるのが「技=テクニカル」と「体=フィジカル」の2つの要素である。
 そして、もう1つの要素が制御の難しい「心=メンタル」である。他の2つの要素はトレーニング次第でスキルが蓄積されていくのに対して、この要素だけはプラス方向に働くこともあれば、マイナス方向に働くこともあるから厄介だ。スポーツをする人は経験したことがあると思うが、プラス方向なら勢いに乗って実力以上のものを発揮するし、マイナス方向なら小さなミスから崩れて実力を出し切れずに終わってしまう。人間が脳からの指令で体を動かす限りは避けて通れない要素である。トップ・アスリートのレベルになると「技と体」の差は紙一重なので「心」が勝敗の分かれ目になると言っても過言ではない。選手同士の心理戦の要素もあり、勝つことを目的にした「心の強化」を図るメンタル・トレーニングもいろいろと研究されている。
 7月28日から8月4日まで、スペインのバルセロナで世界水泳選手権の競泳が開催された。時差があるので、結果はニュースで、レースは録画でチェックした。初日から連日、多数の種目に出場して結果を残した萩野公介選手の活躍は素晴らしかった。最終日、最後の最後で、金メダルに最も近く、自身も一番勝ちたかった400m個人メドレーで瀬戸大也選手に逆転負けを喫したが、日本の競泳界にとっては歴史的な快挙である。世代交代も進んでレベルアップしており、リオ五輪を目標にする若い選手たちの活躍に期待したい。
 さて、その4個メ(よんこめ=400m個人メドレーの略称)のレース、萩野選手が勝つためにマークしたのは、おそらくライバルの外国選手だったと思う。スタートからトップに立ってリードを広げたが、平泳ぎを終える300mの時点で一気に差を詰めてきたノーマークの瀬戸選手に追いつかれ、追い抜かれた。想定外の展開にメンタル面での動揺があったかもしれない。自由形ですぐに抜き返し、再びトップに立ったのだが、ゴールまで泳ぎ切る力は残っていなかった。一方の瀬戸選手は一発逆転を狙っていたというから大本命の萩野選手に一泡吹かせた「してやったり」の金メダルだったに違いない。子供のころから両親に前向き思考をするように教えられて育ったというからメンタル面の強さもあるようだ。萩野選手とともに今後のさらなる飛躍が楽しみである。
 今回のレースの録画を何度も見ながら、選手たちがどんな心理状態で泳いでいるのか想像しながらレースを分析するのもライブ中継の映像とは違った面白さがある。(中井博行・共同通信社デジタル推進局)
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中井博行のプロフィル
 なかい・ひろゆき 共同通信のシステム局、メディア局、デジタル推進局で37年間勤務。2009年秋よりデジタル推進局タイムスタッフ。家庭の平和を守るため、空いた時間はフリーのインストラクターとなって、3カ所のフィットネスクラブで水泳を指導。日夜「亭主元気で留守」を実践。日本体育協会公認・水泳指導員。米国発祥「トータル・イマージョン・スイミング」認定コーチ。
(共同通信)

世界水泳、400メートル個人メドレーで金メダルを獲得しガッツポーズする瀬戸大也=バルセロナ(共同)
中井 博行