【島人の目】感動に出合いたい


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 茂木健一郎著「感動する脳」の中で「生きていくということは、常に不確実性の中に身を置いているということ。先に何があるか分からない。先がどうなるか予測できない。まさに人生は不安との戦いだ。人は誰しも失敗することが怖い。先に進んで失敗するのなら、今のままでいい。そういう気持ちがどこかにある。しかしそれでは生き生きした人生は望めない」とのフレーズが目に焼き付いた。私は彼の本を読むことが大好きである。

 これまでの自分の人生を振り返って見たとき思い出されることはよく失敗したということである。失敗をバネに立ち上がってきた。決して挫折で終わらせることはなかった。
 いつの間にか古希の年齢を超えてしまった。アメリカでの生活も44年目になる。南加県人会協議会という、とてつもなくでかい組織の会長に選出され、新たな挑戦と向き合う日がやってきた。2014年の1年間だ。なぜこのような大役をいまさらとの疑問を持つ人もいるだろう。年齢を重ねても感動に浸り、若い人生観を持ち続けることができるからと答えたい。
 サンクスギビング・デーの翌日は雨となった。午後になって晴れ間が見えたので、住まいの裏山に登った。山といっても200メートルの丘である。ここからサンバナディーノの山々を見ることが好きで週に4回ほどこの丘に登り、いろんな角度から写真を撮る。雨上がりの山々には積雪があった。たゆとう雲の流れを見て東京住まいだった20歳のころ、大学の実習で長野に行った時の記憶がよみがえってきた。
 あのころの純な気持ちにもう一度立ち返ることは難しいことは分かっている。だが、アメリカ社会の多様性の中で必死に生きようとしている自分を発見、ポジティブに生き、チャレンジと向き合っていくのだ。
 リタイアの身であれ家の中だけに閉じこもらず、セレンディピティーと向き合うのだ。その英語の意味は外に出て思わぬ幸運に偶然出合うかもしれない能力のことをいう。
(当銘貞夫、ロサンゼルス通信員)