郷愁、薫り、アイルランドの魅力満載


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ミュージカル『Once ダブリンの街角で』の一場面=(C)清水隆行

ミュージカル『Once ダブリンの街角で』

 もの悲しい音楽、切ない物語、その舞台となるパブ、そしてステップを利かせたダンス―。
 ブロードウェーミュージカル『Once(ワンス) ダブリンの街角で』(14日まで、東京・EXシアター六本木で上演中)は、アイルランドの空気が満ちていた。

 恋に破れかけ、ミュージシャンとして活躍する夢を、あきらめそうになっていた男(スチュアート・ウォード)が、娘や親と共にチェコから移り住んだ女(ダニ・デ・ワール)に出会って励まされ、夢を取り戻す。互いにひかれ合い、男は米ニューヨークに女を連れて渡ろうとするが、女にはチェコで暮らす夫がいた―。
 アイルランドの人気バンドのベーシストだったジョン・カーニーが脚本・監督を担い、フロントマンのグレン・ハンサードが主人公を演じた同名の映画を基にミュージカル化。2012年には米演劇界最高の名誉「トニー賞」を、作品賞など8部門で獲得し、注目を集めた。
 観客を物語の世界へ誘うのは、軽快なリズムに合わせて、出演者がステップを刻むダンスミュージックからバラードまで、抑揚をつけてつづる音楽だ。
 十数人の出演者は皆、芝居、歌、ダンスに加え、さまざまな楽器の演奏も担う。ギター、バイオリン、チェロ、バンジョー、マンドリン、ウクレレ、ピアノ、アコーディオンなど。多様な楽器が生み出す重層的な和音は郷愁を誘い、アイルランドの薫りを漂わせた。
 中でも、ギターをかき鳴らしながら歌う男の揺らぎのある声が、惑い悩む心情を率直に伝える。ピアノを弾きながら透明感あふれる声で歌う女とのデュエットは、美しくもはかなく、2人の恋模様を表すようだ。
 恋のほかに家族や移民の問題、地域の人間関係と、いろいろなテーマがあふれている。
 「アイルランド人であることに誇りを持っているか」。女が、パブを営むビリーらにたびたび投げ掛ける問いは、移民として生きる女の苦悩や強い決意を浮かび上がらせる。
 観客を作品に巻き込む演出も臨場感を増す。開場と同時に、パブのセットを配した舞台を観客に開放。皆、作品の世界に足を踏み入れてビールやワインを購入し、その様子を撮影できる。開演時間が近づくと、まだ観客が残るステージにキャストが登場。演奏を始め、そのまま物語に入っていく。
 「ああ、アイルランドに行きたいなあ」。見終えたとき、きっと大西洋に浮かぶ島の魅力に取りつかれ、思いをはせるだろう。(高橋夕季・共同通信記者)
(共同通信)
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高橋夕季のプロフィル
 たかはし・ゆき 釧路支局、広島支局などを経て文化部へ。現在演劇を担当。年末年始に見たい映画は、舞台でも知られる「毛皮のヴィーナス」(ロマン・ポランスキー監督)。