凝った背中に手が届く極上演劇 城山羊の会『トロワグロ』


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▼「城山羊の会」の新作公演『トロワグロ』は、大人たちの気遣いと本音と気疲れで築かれ、観客の凝った背中に手が届く、極上舞台だった。
 「城山羊」の読みは「シロヤギ」。売れっ子CMディレクターだった山内ケンジさんが40代半ばから始めた演劇プロデュースユニットで今年10周年。

“静か系”と称される現代口語演劇の中でもひときわ、うそくさい熱や青さがなく、情欲や暴力、身体性はむき出しになる。まるでソフトクリームの中から唐辛子が丸ごと出てくるような作風だ。

▼ある晩、ある会社の専務邸のテラス。パーティーが開かれている居間の方から1人また1人、外の空気に当たりにか、他の誰かを気にしてか、やって来る。専務夫妻、取引先のデザイナーと妻、自動車会社の若手社員、体調が万全ではない男、専務の息子(就職活動中)、それぞれがテラスを出入りする。
 専務の妻和美は<自動車会社の若手社員がデザイナーの妻はる子に好意を抱いている>と見抜き、若手社員をやんわりと問い詰める。「腕の感じっていうか」と認める社員。そのことを和美は、はる子本人や他の人たちに遠慮なく伝えてしまう。
 すると専務や体調不良の男は、ノースリーブのワンピースから出たはる子の白い腕が自分も気になっていたのだと、弾んだ調子。はる子は礼を言って謙遜するが、和美は謙遜を許さない。腕だけじゃなくはる子さんに皆さんが首ったけなのよ、事実を言ってるだけよとエスカレート。口論になり、そこから人々は本音とお行儀の間を右往左往、大きいのか小さいのかよく分からない揉め事や急接近が起きていく。

▼長ゼリフや興ざめな説明ゼリフはなく、関係し合う中で生まれる「ん。ああ」「だって」「はあ」「あ、まあ」「はは」といった反応が無数に交わされる90分。台本の字面だけでは同意か反発か疑問か留保か、どんな笑いかも分からない。演出を受けた俳優全員が「間」をはずさずに発して初めて成り立つ会話劇。

▼成り立ってもなお言葉は、意味の取りようが一つではなく、発せられるたび、人々が互いに向ける矢印の長さ、太さ、温度が目まぐるしく変化する。赤外線スコープやサーモグラフィーを通して見たいこの状況に、観客は自分の気疲れする日常を重ねプルプルと笑い、ほぐれていく。

▼大人の日常は、遠慮し、謙遜し、同調し、おどけもする我慢の繰り返し。なのに「逆に失礼だろ」「私の気持ちはどうでもいいわけ?」「恥ずかしい、バカじゃないの」と、我慢をしない味方に斬られる理不尽続き。思わず本音を返せばまた修羅場…。パーティー会場と外側の中間という舞台設定の妙がこの上ない。
 ちなみにトロワグロ(Troisgros)とは実在する有名フランス料理店の名前で、劇中でもその店名が一瞬口にされる。もともとオーナーシェフの姓なのだが、公演ポスターを見ると日本語題の下に『Trois Grotesques(3つのグロテスク)』とある。
 (宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』=共同通信記者)

※『トロワグロ』作・演出:山内ケンジ。出演:平岩紙、古屋隆太、石橋けい、岩谷健司、師岡広明、岡部たかし、橋本淳。(11月29日~12月9日、東京・下北沢のザ・スズナリ)
※山内ケンジ監督の映画『ミツコ感覚』のDVD観賞もお薦めです。
(共同通信)
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宮崎晃のプロフィル
 みやざき・あきら 共同通信社記者。2008年、Mr.マリックの指導によりスプーン曲げに1回で成功。人生どんなに窮地に立たされても、エンタメとユーモアが救ってくれるはず。このシリーズは、気の小ささから、しょっちゅう瀕死の男が、エンタメ接種を受けては書くコラム。

城山羊の会『トロワグロ』のポスター
宮崎晃