『おなかがすく話』小林カツ代著


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

師匠、今の世界はどうですか?
 料理研究家としてお茶の間に親しまれてきた小林カツ代さんが亡くなって、1年と少しがたった。本書は生前書かれたエッセーに、レシピと弟子である料理研究家・本田明子さんによる後日談を増補したもの。

 明治30年頃のコロッケの再現や、機内食、デパ地下のお総菜にキッチン道具……。落語を聞いているかのようなユーモアあふれるカツ代先生のエッセーからは、彼女がいかに好奇心旺盛で失敗を恐れないチャレンジャーだったかが伝わってくる。明るく、竹を割ったような性格である一方で、まかないを一口食べて「今日のご飯は誰が炊いた?」「どうやって炊いたか言ってみて」と問う妥協を許さない一面もあったようだ。
 中でも印象的なのが本田さんが語る師匠のエピソード。締め切り前の夜中に、突然キッチンの模様替えを始めてしまうこと。「これを食べたら、買ったものは食べられませんねえ」で締める料理番組の手づくり至上主義にうんざりし、晩年は「いいえ、買ったものも食べます!」とすべり込ませるようになったこと。何事も豪快に笑い飛ばす師匠の弱点が「湿っ気た匂い」だったこと(出張先で宿の枕の匂いについて「ヨーグルトの匂い」「ごぼうを干した匂い」など、翌朝一番に電話で報告するらしい)。
 そして、小林カツ代が弟子に一番伝えたかったこと、それは技やレシピではなく「平和なくしては食は語れず」。平和があってこその食の話、だから常に「食に携わる人間は、つねに政治にも敏感であること」そう言い続けていたという。
 師匠のエッセーと弟子の後日談が交互に繰り返されるエッセーは、読み進めるうちに今と昔を行き来するような不思議な感覚に陥る。師匠が描いた当時に比べて、世界はより良くなっているのかな。おなかをすかせた子供は当時よりも減っているかな。師匠に誇れる「今」になってるかな。そうじゃないなら、そうしていかなくちゃ。
 (河出文庫 640円+税)=アリー・マントワネット
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アリー・マントワネットのプロフィル
 アリー・マントワネット ライターとして細々と稼働中。ファッション、アイドル、恋愛観など、女性にまつわる話題に興味あり。尊敬する人物は清水ミチコ。趣味はダイエット、特技はリバウンド。
(共同通信)

おなかがすく話 (河出文庫)
小林 カツ代
河出書房新社
売り上げランキング: 45,696
アリー・マントワネット