ベテラン男優たちの演技術
こういう本を待っていた。スターや脇役、悪役のベテラン男優16人のインタビュー集。それぞれの役者人生をたどるとともに演技術がふんだんに盛り込まれ、師匠や先輩、共演者から学び盗んだ知識と技術がぎっちり詰め込まれている。
脇役の芸談がうれしい。主役と2人でカメラと正対する時は半歩下がる。すると主役にカメラのフォーカスが合う(平泉成)。相手のせりふをまず覚え、相手の顔を見ないようにする。たとえば実際の夫婦は話すときに目を見ないから(前田吟)。
時代劇を演じる際の殺陣や和装への言及が奥深い。真剣を使って稽古する千葉真一の話。刀もボクシング同様、来たらまずよける。真剣だと怖いからそれがわかる。よける動きがあることでリアリティーが出る。「遠山の金さん」を演じる松方弘樹は、長ばかまを前に蹴り出す時、すその先に小銭を入れておく。するとその重みで、すその伸びがよくなるという。杉良太郎は舞台で迫真の切腹シーンを見せるため、ラップに包んだ豚の臓物と血を腹に巻き、本物の短刀で突いた。客席は大パニックになったそうだ。
共通しているのは、全体を客観的に把握する視点と強烈な自己抑制の意識である。それと関係があるのかどうか、役者を目指して役者になった人がほとんどいない。「役者なんて消去法で選んでなるもんですよ」(近藤正臣)。
本書を読む前と後では映画やドラマの見方が一変した。実際の映像で確かめたくもなった。次は女優編を待つ。
(小学館 1500円+税)=片岡義博
(共同通信)
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片岡義博のプロフィル
かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!