『火花』又吉直樹著


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芸人―もっとも偉い仕事

 お笑い芸人は面白い人という存在を超えて、すごいとか、偉いとか、なんだかそういう存在と見なされているかのようだ。個人的には多少の違和感を覚えながらも、テレビを見ない、つまり芸人をまったく目にしない生活が長いので、特にそれ以上考えることもなかった。

 しかしもし、すべてのお笑い芸人がピースの又吉氏のようであるならば、厳密には彼が本作で描いた2人の漫才師のようであるならば、芸人とは間違いなく、すごいし、偉い、と思わざるを得ない。
 「あらゆる日常の行動は全て漫才のためにあんねん。だから、お前の行動の全ては既に漫才の一部やねん。漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すものやねん」
 これは2人の漫才師のうちの先輩が、後輩に説く漫才とは何か、からの抜粋。先輩の漫才論をやや乱暴に要約すれば、漫才は人なり、となる。先輩は自らの言葉をそのまま実践するかのように破天荒な言動を繰り返し、後輩はそれをうらやましく見つめながら、先輩のようには生きられない自分を恥じる。
 言わずもがなではあるが、人が問われるのは漫才師や芸人に限ったことではない。あらゆる職業、役割にある者が、おのずとその人自身を問われ続けている。しかし、芸人の過酷な状況とは比べるべくもないのもまた事実。彼らは自分という人間が笑いという形で世の中に受け入れられるのか、絶え間なくテストされ続けている。移り気でドライな不特定多数の人間たちから、こいつは自分にとって価値のある人間かどうか値踏みされているのである。そして面白くないと思われたら、即刻舞台から去らねばならない。そこでは努力しているから、みたいな情状酌量は一切ないのである。
 そんな日々に耐えながらも、人を笑わせるために自らも笑いを絶やしてはいけない職業である芸人。彼らよりは、格段にマイルドな日々を送る我々が本書から学ぶことは大きい。
 久々にテレビで芸人を見てみようと思った。
 (文芸春秋 1200円+税)=日野淳
(共同通信)
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。

火花
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『火花』又吉直樹著
日野淳