『冷蔵庫を抱きしめて』荻原浩著


社会
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心によく効く短編集

 ベタすぎてかえって珍しい言い方になるかもしれないが、ビタミン剤的効果の高い小説、一晩寝てもなかなか取れないような疲れに効く物語なのである。

 表題作『冷蔵庫を抱きしめて』は、結婚したばかりの夫婦が新婚旅行から帰ってきたところから幕を開ける。
 「私たち磁石みたいにぴったりだね」
 2人は好きな映画や音楽の趣味がことごとく一致する。犬よりも猫派、スポーツならサッカーというのも一緒。年齢も同じなので、学生時代の思い出話をしても同窓会のように盛り上がることができる。
 しかし、一つ屋根の下で生活を始めた2人は、もっとも大切とも言えるところでの嗜好がまったく違うことに気が付くのだ。それは、食べもの、である。
 朝はパンなのかご飯なのか。みそ汁は赤みそか白みそか。納豆にネギを入れるか、目玉焼きに何をかけるのか。妻と夫ではことごとく好みが違うことが発覚。それは個人の問題であると同時に、育ってきた環境の違いでもある。妻は、「磁石みたい」な相性だと思っていた2人の関係が、根底から瓦解していくような不安に駆られ、ついには思春期に克服したはずの拒食症を再発してしまうのだった。
 ややネタバレになってしまって恐縮だが、この小説は、その妻の中で、同じだからよいという価値観が、違うからこそよいというものに逆転するまでの話である。そこにあるメッセージだけを取り出したら、そんなことは知っているよ、となってしまうわけだが、それを知っていることと、本当に理解していることはまるで違うのだと思わせてくれる力がこの短編にはある。
 配偶者や恋人に限らず、なぜ人が自分とは違うのかという問題は日常的に勃発する。どちらかが悪いのか、誰も悪くなんてないとしたら、この違和感にはどう対処すべきなのか。その答えがこの小説にあるというのではなく、その時、自分の心をどのように変形させれば、その違いを受け入れられるのかのヒントがあるのだ。
 私は、この小説によって、我が家の中に長いこと居座っていた違いを乗り越え、それがもたらしていた疲れを取り除く術を学んだような気持ちでいる。
 私にはよく効いた短編集。あなたにもいかがでしょうか。
 (新潮社 1600円+税)=日野淳
(共同通信)
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。

冷蔵庫を抱きしめて
冷蔵庫を抱きしめて

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荻原 浩
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日野淳