『異邦人』原田マハ著


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

「アウェー」を「ホーム」にする
 「ホーム」と「アウェー」について、日頃よく考える。私は個人営業のフリーライターなので、取材に行く時にはいつでも「アウェー」だ。居場所のないまま、取材現場のすみっこに陣取り、自分の周辺1平方メートル範囲内の空気を吸いながら気配を消す。それが私の「アウェー」での身の置き方である。

 本作は、「異邦人」と書いて「いりびと」と読む。身重の主人公が、震災直後の放射能を避けて完全アウェーの京都へ単身滞在し、それが思いのほか長期化するうちに、次第に人とのつながりを深めて、最後にはここで、この土地に根を生やして子を産み、ここで暮らすのだと決めるまでの物語。……違う、そうなのだけれど全然違う。
 こうも言えよう。美術館で副館長を務める主人公が、京都で無名の女性画家に出会い、その才能に惚れ込んで、師匠である画家から彼女を引き離し、その才能に陽の光を当てようと奮闘する物語。
 こうも言える。美術館を営む実家と、画商を営む夫とが、自分が京都にいる間に結託して何かをもくろんでいる、つまり帰る場所を失い、しかしそこに執着するのではなく、次の宝物を獲得するために立ち上がる女性の物語。
 あるいは、自分の腕の中でかわいらしく笑っていた妻を京都に置き、自分はその母親と関係を持ってしまって、もう修復不可能であることを悟っているのに執着してしまう、哀れな男の物語。
 優れた小説というのは、こういうことを言うのだと思う。ひとつのストーリーが展開していくさまを読者にただ見せるのではなく、幾重もの感情や成り行きや成長や変化や、登場人物それぞれに訪れるそれらをミルフィーユみたいに積み重ねて味わわせる。まさに人生そのもののように。
 それにしても考えてしまう。主人公が京都を「ホーム」にできた理由について。早く帰りたいとぐずっていたその場所に根を下ろし、信頼できる人たちを獲得するに至るまで。しかも場所は京都なんである。「本当はどう思っているのか不明」として名高い京都である。その場所で、彼女はぐんぐんと人に出会い、優しさと信頼を得ていく。――そこには彼女の出生の秘密とあふれるような愛情が隠されているのだが、たぶんそれだけではない。彼女のまっしぐら加減が半端ではないのだ。胸に「刺さる」絵に出会ってしまったら猪突猛進、他人の言葉など耳に入らない。この人を救おうと思ったらまっしぐらに、その対策を講じて行動に移す。
 おそらく人は皆、心のどこかで、そうありたいと願っている。でも他人の目とかを気にしてそれができずにいる。彼女が勝ち取った「勝利」が読み手の胸を打つのは、それが、まっしぐら星人の勝利だからだ。
 世界はあまりにもあっけなく、一瞬にして反転する。その中でただひとつ確かなのは、自分自身だ。自分が何を見て、どう感じたのか。それをおろそかにせず、愛し許してやることで、人生はきっと光に満ちる。
 (PHP研究所 1700円+税)=小川志津子
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小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。
(共同通信)

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