全編「箸休め」
宮沢章夫のエッセー本を久々に読んで、とても落ち着いた気持ちになった。
読んでもあまり役には立たない。というか、まったく立たない。「日本で一番美味しい立ち食いそば」が固有名詞入りで書かれているので役に立ちそうなものだが、ほかの役立たずぶりが圧倒して、役立つ文章もそんなふうに読めない。
著者は「ジーパン」が「デニム」と呼ばれていることに不快感と恐れを表明し、「デニム」の語感が「ムカデ」に似ていると書く。まずあまり似ていないし、この小文のタイトルが「ファッション通信」というのも合点がいかない。
あるいは「台車」について、便利で、構造が単純で、安価で、素朴な名前が奥ゆかしいと絶賛する。異論はないが、だからどうだというのか。
帯のコピーに「この得体の知れない笑いを体験せよ!」とある。確かに「マツコ・デラックスをどう胴上げしたらいいのか」という問題提起には笑ったが、いずれも「体験せよ!」というほどの気合いは入っていない。
それぞれ出版社のPR誌に連載していた小文で、そこでは箸休め的な意味合いを持っていたと思う。だからそれらをまとめた本書は全編が「箸休め」、主食がない。あるいは全編「階段の踊り場」で階上に上れない。
以前に比べて役立たずぶりが高進しているように思える。単なる字数稼ぎではないかという部分もある。これは筆力が上がったのか下がったのか判断がつきかねる。それでも読むと、なぜか気持ちが落ち着いてしまう。
(幻冬舎 1600円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)