『かくかくしかじか』(全5巻)東村アキコ著


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描け描け描けーッ
 作者はこの作品をいつか描かなければならなかったし、どうしても描きたかったんだろうな。そんな切実さが伝わってきた。自分が漫画家になるまでの歩みを、恩師との交わりを軸に描いた全5巻の自伝漫画。今年のマンガ大賞受賞作である。

 宮崎で少女漫画家を目指す高校3年の「私」は美術大学に進むため遠方の絵画教室に通い始めるが、そこは竹刀を手にした「先生」がすべてを支配するスパルタ教室だった。絵のためだけに全身全霊で生徒にぶつかってくる先生の圧倒的影響力で、「私」は美大合格後も漫画家デビュー後もその磁場から逃れられない。人気漫画家への道をひた走っていたある日、長く連絡を取っていなかった先生から一本の電話がかかってくる――。
若いころは自分のことしか頭になくて、何が大事かなんてわからない。盲目だからこそ夢中になったり残酷になったりできるのだ。この作品は青春時代を振り返って誰もが抱く悔恨と感傷を描いた追憶の記であり、恩師にささげるオマージュである。と書くとなんだか湿っぽくなるが、そこは『海月姫』『ママはテンパリスト』の作者。全編ギャグテイストで笑わせてくれる。そしてところどころ切なくもなる。
 どんなにしんどい時もスランプの時も、作者は先生が繰り返し叫んでいた言葉を糧に漫画を描き続ける。描け描け描け、もっと描けーッ。そのまんま描け。みたまま描けーッ。それは若き漫画家志望者たちすべてに送る作者のメッセージでもある。
 (集英社愛蔵版コミックス 各743円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)

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