「伊江島の戦」継承へ 紙芝居完成、地元2校に寄贈


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 【伊江】1944年に日本兵として伊江島に派遣され、伊江島飛行場建設に携わったうるま市出身の故佐次田秀順さん(当時28歳)と、宮崎県出身の故山口静雄さん(当時36歳)は終戦を知らずに、戦後の約2年間を伊江村西江前にあるガジュマルの木の上で暮らした。

その事実に基づいた紙芝居「ガジュマルは知っていた 昔、伊江島で戦争があったことを」がこのほど完成した。これまで、絵本や雑誌、舞台で上演されるなどして紹介されてきたが、紙芝居として語り継がれるのは初めてだ。
 伊江島戦が終結を迎えた日の21日、佐次田秀順さんの長男・勉さん(75)と次男・満さん(67)が伊江村教育委員会を訪れ、伊江・西両小学校の山城祐市校長、佐次田誠校長へ紙芝居を手渡した。
 紙芝居は、長男の勉さんの友人で埼玉県坂戸市在住の永田秋幸さん(80)が戦後40年を迎えた時、生前の秀順さんから聞き取りをしてつづったルポを原作に、同市在住で約20年前から紙芝居を作り続けている井出裕子さんが脚本・絵を手掛けた。永田さんが井出さんに制作を依頼した。
 紙芝居には、激戦地であった伊江島の様子や戦後に生き残った村民が米軍によって強制的に慶良間諸島へ移動させられ、村民がいない中で生き抜いた樹上生活などが描かれている。
 秀順さんと親戚関係にある西小の佐次田校長は「自分たちの戦争に対する思いを新たにして、子どもたちに伝えていきたい」と話し、勉さんは「『戦争は駄目。平和が一番』と言い続けたおやじに代わり、この紙芝居がしっかり語り掛けくれたらいい」と思いを述べた。(中川廣江通信員)

紙芝居を伊江・西両小の校長へ手渡す佐次田勉さん(右から2人目)と満さん(右端)=21日、伊江村教委
紙芝居「ガジュマルは知っていた」