美しいミステリーだと思う。
美談という意味ではない。非常に端正な話ということだ。
主人公は友人とレストランバーを経営する男。店を閉めて明け方に帰宅し、ビールを飲みながらテレビを見ていると、妻と娘が起き出してくる。3人で朝食を囲みながら語らい、娘が学校に行くのを見届けて眠りにつく。
子どもと一緒にいられる時間に限りはあるが、至極まっとうで幸せな家庭を持つ、平凡な男のようである。
しかしある日、男のもとに1通の手紙が届く。差出人は、もうしばらく思い出すことのなかった女性の名前。便箋には一言こう記されていた。
「あの男たちは刑務所から出ています」
さて、どこまでストーリーを明かしてよいのか悩むところだが、男の元にはその後も手紙が届き続けるのだ。男はかつて自らが窮地に追いやられていたとき、その女性との間に「誓約」を立てていた。彼女の娘を殺して服役している2人の男が出所したら、彼女の代わりに復讐を遂げること。それを約束するのであれば、男を窮地から救ってくれる、という約束だった。
見た目も住まう場所も変え、別人となって新しい生活を手にいれていた男は、その「誓約」をすっかり忘れていた。あれはもうなかったことになったと思い込んでいた。しかし忘れていたのは男の方だけで、彼女からしたら、さあ、約束はしっかり守ってくださいよ、というわけである。
そこからの話の運びがなんとも流麗である。計算しつくされていると言うのは当然すぎて褒め言葉にもならないが、一点のよどみも齟齬もなく、物語は思いも寄らなかった方向に、それでいて、こうとしかならなかったという展開を見せていく。
「一度、罪を犯した人間は、幸せになってはいけませんか。」というのが、帯に書かれた惹句であり、本書のメーンテーマとなるのだが、美しいミステリーはその問いにも、しっかりと重みのある答えを用意しているのだ。
(幻冬舎 1600円+税)=日野淳
(共同通信)
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日野淳のプロフィル
ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。