『「食の職」新宿ベルク』迫川尚子著


社会
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鬼気迫る本物の探求

 新宿駅東口から徒歩15秒のところに、「ビア&カフェ BERG」という名のお店がある。店舗面積15坪、座席数は40席と小規模ながら、かつて立ち退きの危機にさらされた際、2万人以上の反対署名が集まったという。本書はその副店長・迫川尚子さんが、安くて愛される「味」の秘訣、そしてお店づくりで大切にしているポリシーを語っている。

 読みはじめてすぐ、迫川さんの味に対する情熱に驚かされる。ベルクでは大手企業のビールを仕入れているそうだが、ある日のビールは味が違ったという。まずくなったわけでもなく、美味しくなったわけでもない。ただ、味が違うのだ。メーカーは「そんなことはない」の一点張りだが、味がどう異なるのかを根気よく説明し、徹底追及し、ついに工場が移転し機械が新品になったことが原因と判明したという。
 そんなベルクは安くて本格的な味を提供するためには努力を惜しまない。他店では恐ろしくてできないことをやる、そんな勇気で誕生したパンの上にハムをのせただけの「マイスターサンド」(正確にはサンドすらしていない)。そして30種類(!)の食材を使いたいという気持ちで誕生したスペシャル・ランチサービス「エッセン・ベルク」は、好奇心旺盛な女性を中心に人気を博しているという。それらメニューはスタッフ全員で絞り出すアイデアと、職人たちの知恵と技で誕生する。
 本書は、パン、ソーセージ、コーヒーの職人たちのインタビューもそれぞれ掲載している。彼らの話もすごい。ソーセージ職人の河野仲友さんは3代続く肉屋を経営していて、お客さんから「どうせ古くなった肉をソーセージにしちゃうんでしょ」と言われ、その一言で「ふざけんな!」となりハムとソーセージ専門店に転向する。またコーヒー職人の久野富雄さんはベルクのオープン当初、毎日60杯のブラックコーヒーを飲んで研究し、結果2週間入院したという。
 出てくる人出てくる人が強者すぎて、圧巻。それらの原動力は何なのか。「安くて本格的な味をお客様に」という気持ちもさることながら、「この職人のこの味を世間に伝えなければ」という使命感ではないだろうか。その圧倒的な思いの強さに、時々、読んでて息をし忘れた。
 (ちくま文庫 740円+税)=アリー・マントワネット
(共同通信)
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アリー・マントワネットのプロフィル
 アリー・マントワネット ライターとして細々と稼働中。ファッション、アイドル、恋愛観など、女性にまつわる話題に興味あり。尊敬する人物は清水ミチコ。趣味はダイエット、特技はリバウンド。

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